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【為末大の視点】「ワンチーム」が希望に ラグビー日本の快進撃

2019.10.28 17:00 為末 大
南アフリカとの試合後、記念写真に納まるラグビー日本代表=味の素スタジアム
南アフリカとの試合後、記念写真に納まるラグビー日本代表=味の素スタジアム

 

 ラグビーのワールドカップ(W杯)で、日本代表の快進撃が国内外のファンらを沸かせた。ほとんどのスポーツでは、日本国籍を持っていないと、日本代表になることはできない。

 だが、ラグビーの代表資格は①出生地が当該国である②両親、祖父母のうち1人が当該国で生まれた③当該国に3年以上継続して居住している―などだ。いずれかを満たすと、国の代表として国際大会に参加することができる。

 日本代表31人のうち15人は外国出身で「チームを日本の代表として感じられるのだろうか」という疑問を抱いた。ところが実際に試合を見て、その疑問がいつの間にか消えていた。

 ▽共通性

 一体、日本代表とは何なのだろうか。チームスポーツはファンに支えられて発展する。そしてファンはチームとの間に何らかの共通性を見いだして応援するようになる。自分の地元であったり、好きな選手がいたりといったケースだ。

 大きな枠組みでは国になる。ほとんどの国際大会は「国別対抗」の形を取っている。だから日本代表は何かしら、日本らしさを兼ね備えていなければ大きな応援の力を得ることができない。

 一番分かりやすいのは、その国に生まれて育った選手でチームを構成することだが、世界を見渡すと、これらが一致することは珍しくなってきている。両親が外国籍であったり、生まれと育ちが違う国であったりすることもよくある。最近、日本国籍を選択する手続きをしたテニスの大坂なおみ選手が長く育ったのは米国のフロリダだ。

 また国籍で言えば、貧しい国から豊かな国へと選手が国籍を変更することがよくある。おおっぴらには語られないが、金銭を目的にした国籍変更だ。このような選手の場合は、その国の代表という印象を持つことは難しい。何か「自分たちと同じものを共有している」という感覚が、代表と国民の間には必要なのだろうと思う。

 ▽多様性

 日本でも「多様性が大事だ」と言われるようになったが、何の意図も持たずに人を集めると、寄せ集めでしかない。多様性は裏を返せば、何か一つは「共通のものがある」ということだ。一般的に企業やスポーツの組織であれば、理念やビジョンは統一されている。多様性があっても力を一つにできる。

 しかし、この理念やビジョンの擦り合わせは簡単ではない。本当のビジョンは「やること」と「やらないこと」を分ける。やることだけを議論するのは楽しいが、やらないことを議論すると、異なる意見が出てきて論争となり、傷つけ合う可能性もある。

 スポーツ界では「同じ日本人であれば、言わなくても伝わる」と長らく思われてきた。しかし、国籍が同じであっても人の感じ方や考え方は違う。同じものを見ても同じように感じているとは限らない。

 スポーツでは言葉にされない「ずれ」をそのままにしておくと、勝負どころでプレーの精度にずれが出る。この局面ではどうするのかなど、言葉でお互いに議論を交わすことで擦り合わせておかなければならない。

 多様だからこそ言葉が必要になり、言葉で議論するほど、ビジョンは正確になる。ラグビー日本代表の個々の判断と全体の統一した動きの背景に、そのようなプロセスがあったのではないか。

 日本はこれまで「日本人の定義」を非常に狭く捉えてきた。実際には、300万人にも迫ろうとする外国籍の人が住んでいて、日本は多国籍な国家になりつつある。一方で、欧州のように、移民との間で社会の分断が生じることを懸念する声があるのも確かだろう。

 ラグビー代表のように、出身地も両親の国籍もばらばらで多様なバックグラウンドを持った人間が、共通のビジョンを持って「ワンチーム」を構成しているというのは希望だと感じている。

 あの姿を見て、未来の日本の形に希望を持った人も多いのではないか。日本人として共有すべきなのは人種など変えられない属性ではなく、他者を尊敬するなどのビジョンや価値観の部分ではないだろうか。

 スポーツの力はときに人の意識を変える。ラグビーW杯は日本が変わる転機になり得る。(元陸上選手)=29回

為末 大

名前 :為末 大

プロフィール:ためすえ・だい 1978年、広島市生まれ。法政大卒。陸上男子400メートル障害で2001年と05年の世界選手権で銅メダルを獲得。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。著書に「諦める力」「逃げる自由」など。

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