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【第28回 米国】決め手は「クレージー」 イグノーベルの突破力 

2017.11.30 12:57
お気に入りのアイスクリーム屋「トスカニーニ」で、イグ・ノーベル賞への思いを語るマーク・エイブラハムズ=米国東部ケンブリッジ市(撮影・鍋島明子、共同)
お気に入りのアイスクリーム屋「トスカニーニ」で、イグ・ノーベル賞への思いを語るマーク・エイブラハムズ=米国東部ケンブリッジ市(撮影・鍋島明子、共同)

 米国東部のケンブリッジ市には、世界の頭脳が集まる。ハーバード大、マサチューセッツ工科大(MIT)がある学術の街だ。そのど真ん中に、アイスクリーム屋「トスカニーニ」はあった。年に1度、世界を笑いの渦に巻き込むイグ・ノーベル賞の創始者、マーク・エイブラハムズ(61)がインタビューの場に指定した場所だ。

 「トスカニーニは特別なんだ」。聡明(そうめい)な光を宿した目をくるくるさせながら、店の紹介をしてくれた。最先端の科学者、大学教授、学生、さまざまな分野の俊英が常連だ。アイスのフレーバーが変わっている。抹茶味は普通としても、玄米、みそ味など、ここだけの珍味も。本当においしい? 「いろんな人が集まるから、評価は人それぞれ。でも多彩な味が話題を提供している。イグ・ノーベル賞も、まさにそうだ」

 ノーベル賞のパロディーとして1991年に創設した。風変わりな研究で「人を笑わせ、そして考えさせる」。医学や化学、物理など科学分野を中心に、毎年10の個人やグループに贈っている。

 選ばれる研究には、人類の発展に貢献するのかどうか、疑わしいものも少なくない。「選考では研究の優劣は基準にしない。いかにクレージーで笑わせ、驚かせるかが大切」。世界中の話題をさらう突破力が命だ。

 「現代の科学技術のほとんどは、100年前の人が聞いたらクレージーだと思いそうなものばかりだ。今から100年後には当たり前になっていて、それでもまだ笑えるような研究テーマを発掘したい」

 

自身が発明した「緊急時用ブラジャー」を手にするウクライナ出身のエレナ・ボドナー博士。2009年にイグ・ノーベル賞の公衆衛生賞を受賞した=2010年9月、米国東部ケンブリッジ市のMIT博物館(ロイター=共同)
自身が発明した「緊急時用ブラジャー」を手にするウクライナ出身のエレナ・ボドナー博士。2009年にイグ・ノーベル賞の公衆衛生賞を受賞した=2010年9月、米国東部ケンブリッジ市のMIT博物館(ロイター=共同)

 ▽命のブラ

 受賞者はユーモアのつわものどもだ。2009年の受賞者は、ウクライナ出身のエレナ・ボドナー。ソ連時代に祖国で起きたチェルノブイリ原発事故に胸を痛め、特殊なブラジャーを開発した。

 一つのブラが2人分の防護マスクに早変わり。放射性物質から命を守る。ハーバード大での授賞式では男性たちが、興味津々で彼女のスピーチを待ち受けた。

 「緊急時に使う際、必要となる時間はたったの25秒です。まず5秒でブラを外して一つ目の“マスク”を自分が着用します。あとの20秒は、どの殿方を助けてあげるか思案してね」

 そう言うとボドナーは、おもむろに自ら着用していたブラジャーを外し、賞の贈呈者である本物のノーベル賞学者たちにマスクを装着し始めた。 学者たちのうれしそうな顔が爆笑を誘った。このブラジャーは現在商品化され、ネット通販で日本向けの販売が伸びているという。

 

 ▽卒業というミス

 エイブラハムズはハーバード大で応用数学を学んだ秀才だ。1学年上にはビル・ゲイツ(61)がいた。ゲイツと同じように学生時代にソフトウエア会社を起業したが「彼と違って大学を(中退しないで)卒業するというミスを犯した」。だが本当にやりたかったのは「笑える科学研究」を紹介する本の出版だった。

 「どうしてそんなことがしたいのか、うまく説明ができないが、好きなんだ」。遠くを眺める表情になった。小学生のころ、ハーバード大の数学教授でシンガー・ソングライターだったトム・レーラーのレコードを聴いた。政治も科学も、おもしろおかしい歌になった。物事はとらえ方で、まじめにも滑稽にもなる。子供心にそう感じた。

 「物事を突き詰めていく科学には、かならずクスッと笑える側面がある。どの科学者も、よく話してみると面白いことを考えている」。それを伝えたかったという。

 当初はどうすれば出版できるのか、見当がつかなかった。だがイスラエルの科学者2人が1950年代に、おかしな研究を紹介する雑誌を作っていた事実を知る。この雑誌は90年当時、ほぼ廃刊状態だったが、先達2人の協力も得て復活。さらに曲折を経て94年には新たな雑誌「風変わりな研究の年報」を創刊した。この間に賞も創設した。ケンブリッジの自宅で、1人で編集をこなす。

 

毎年イグ・ノーベル賞の授賞式が行われる「サンダース・シアター」が入るハーバード大学記念館(奧)=米国東部ケンブリッジ市(撮影・鍋島明子、共同)
毎年イグ・ノーベル賞の授賞式が行われる「サンダース・シアター」が入るハーバード大学記念館(奧)=米国東部ケンブリッジ市(撮影・鍋島明子、共同)

 ▽日本は10年連続

 日本は実はイグ・ノーベル賞大国だ。2007年には、山本麻由(やまもと・まゆ)が「牛の排せつ物からバニラの香りの成分を抽出する研究」で受賞。この技術を応用して作ったアイスは、トスカニーニでも売られた。

 これまでに約60人が受賞し、07~16年で10年連続の受賞を成し遂げた。昨年は実際より小さく見える「股のぞき」効果の研究で、東山(ひがしやま)篤規(あつき)らが栄冠に輝いた。

 エイブラハムズのもとには、毎年千を超える推薦状が届く。選ばれるのは並大抵ではない。日本とともに受賞者が多いのが英国。二大輩出国の共通点は「奇抜なアイデアを抹殺しない風土がある。誇りに思ってほしい」

 だが景気が上向かず、役に立たない研究への風当たりは、日本でも強くなる一方だ。予算も厳しい。「世界中で起きている現象だが、持ちこたえてほしい」と少し表情を曇らせた。(敬称略、共同通信・浅見英一)

 

 

 

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