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【第27回 カンボジア】村人は伐採をやめた へき地潤す観光収入

2017.11.21 13:05
外国人観光客のホームステイを始めたタボー村の家族。子どもたちも「言葉はできなくても外国人と会えるのは楽しい」と話す=カンボジア北東部ラタナキリ州(撮影・大森裕太、共同)
外国人観光客のホームステイを始めたタボー村の家族。子どもたちも「言葉はできなくても外国人と会えるのは楽しい」と話す=カンボジア北東部ラタナキリ州(撮影・大森裕太、共同)

 

 だんだんと狭く浅くなる川を、丸木舟で進む。水しぶきで体はすっかりぬれていた。名ばかりの船着き場から、ほこりっぽい細道を行く。

 先住民プラウに特有の高床式の家が見えた瞬間、村人の陽気な笑い声と、にぎやかな音楽が耳に飛び込んできた。

 カンボジア北東部ラタナキリ州の小村タボー。ベトナム、ラオスとの国境が近い。電気も水道もない。カンボジアで最も貧しい村の一つだ。

 ここまでの道のりは長い。首都プノンペンから500キロ弱の州都バンルンから、でこぼこの道を3時間近く車に揺られてたどり着いた船着き場。カヌーを少し大きくしたような粗末な丸木舟で、炎天下をさらに2時間余。途中の小さな滝では舟を降り、森の中を歩くこともあった。

 
 

 ▽変わった暮らし

 「今日はこの村に嫁いできた娘を、両親が訪ねてくる儀式の日。朝から酒を飲んで、もう酔っぱらっちゃったから、そろそろ失礼させてもらうよ。でも、ちょっとこれを飲んでみないか」。39歳のカオ・チェンが、茶色の大きなかめを指さす。発酵した米がいっぱいに入れられ、表面からぶくぶくと小さな泡が立つ。

 若者から年配まで交互に、かめの米に突き刺した竹の筒で、スラー・ペアンと呼ばれる酒を飲む。屋根の小さなソーラーパネルにつなげたスピーカーから流れ出る音楽に合わせて、歌い、踊る。

 この村に生まれ育った村長のユープ・サットは61歳。「政府から忘れ去られたような貧村だった。でも最近、大きく変わってきた」と言う。

 暮らしを変えたのは、近くに残る森やそこに暮らす野生生物を見に来る観光客の受け入れプログラムだ。

 バンルンにある市民団体「カンボジア野生生物保護協会」が、政府や海外の市民団体と協力。数年前から、森の中の貧しい村を選び、ツーリズムによる生活向上を目指す事業を始めた。

 「宝石の山」を意味するラタナキリの森は、その名の通り美しい。だが、今や違法な森林伐採と密猟の一大中心地でもある。

 「国境近くの森は国立公園だけど、少し前まで木は切り放題、動物は捕り放題だった。森の中に違法な製材所まであり、材木加工の音が響いていた。武器を持っている連中もいて、夜中にピストルの音を聞いたこともある」とユープ。

 「大きな木は公園の中からも、ほとんどなくなってしまった。木がいっぱいあったころは、もっと涼しかったよ」

 野生生物保護協会のニエン・ソコン(29)が、観光客の受け入れプログラムについて「国立公園の中でも特に守る必要のある森林地域を、周辺の住民とともに『コミュニティー保護区』に指定し、商業的な伐採や狩猟をしないでも生計が立てられるようにしようと考えられた」と説明する。「公園の中に保護区をつくらなければならないほど、違法伐採がひどいということですけどね」

 かめに入った酒「スラー・ペアン」を飲む先住民の村人。竹の筒を使って回し飲みする=カンボジア北東部ラタナキリ州・タボー村(撮影・大森裕太、共同)
 かめに入った酒「スラー・ペアン」を飲む先住民の村人。竹の筒を使って回し飲みする=カンボジア北東部ラタナキリ州・タボー村(撮影・大森裕太、共同)

 ▽ガイドに転職

 外国人など見たこともなかった村人が、卵などの限られた食べ物で旅人をもてなし、自らの家に宿泊客を泊める。ガイドとして森を案内し、森の中のテントで観光客とともに眠る。お目当ては、絶滅の恐れがあるテナガザルだ。村の近くには伐採を免れた森が残り、テナガザルを目にすることができる。

 カオより3歳年下の妻、サー・ペットが「昔は多くの人が肉目当てにサルを撃っていた。手が人間そっくりなので、私は怖くて食べられなかったけど」と証言する。

 へき地にもかかわらず、関係者の努力もあって、海外からの観光客が増えてきた。ハンターの多くがガイドに転職し、テナガザルは貴重な観光資源に変わった。

 「この前はドイツから男性がやってきた。森の中でテナガザルを見て、大喜びしていたよ」とカオ・チェンが笑う。

 「実はまだ、観光客を泊めた経験はないの」と言いながら、サー・ペットが薪を使って湯を沸かし、ふぞろいのプラスチック製食器で「ヌードル」をふるまってくれた。タイ製のインスタントラーメンで、具は何もなし。それでも熱く塩辛いスープが、疲れた体に染み渡った。

 タボー村で先住民プラウが生活する高床式の家=カンボジア北東部ラタナキリ州(撮影・大森裕太、共同)
 タボー村で先住民プラウが生活する高床式の家=カンボジア北東部ラタナキリ州(撮影・大森裕太、共同)

 村のツーリズムは始まったばかり。経験もインフラも極めて貧弱だ。それでも村長は「ばれたら厳しい処罰を受けると知りながら、森に入って木を切る人はこの村にもいた。そうでもしないと生きていけなかったから。でも、それはもう過去の話だ」と手応えを語る。

 もう寝ると言っていたカオ・チェンは、まだ人々の輪の中で竹筒をくわえていた。酒盛りと歌は終わらない。時折上がる歓声が、熱帯の暑く乾いた空気を震わせた。(敬称略、共同通信・井田徹治)

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