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【第26回 イタリア】仮面が自分を解き放つ 「愛」の喜劇に魅入られて

2017.11.2 13:46
「パンタローネ」の仮面をつけたブルニェーラ=イタリア中部オルビエト(撮影・松井勇樹、共同)
「パンタローネ」の仮面をつけたブルニェーラ=イタリア中部オルビエト(撮影・松井勇樹、共同)

 

 小高い丘の上に広がる町が、淡い夕暮れの色に染まっていく。ゆっくりと日が傾くにつれ、イタリア中部オルビエトの邸宅に、地元の人々が集まってきた。

 簡素な木製の舞台に、一人の男が登場した。ほうきとバケツ、手には調理用のおたまとフライ返し。顔をゴムのように柔軟に動かし、喜び、悲しみ、怒り、感情の全てを表現する。あごや〓(順の川が峡の旧字体のツクリ)につけた洗濯バサミを飛ばす滑稽なしぐさに、観客が思わず吹き出した。

 「シンプルな笑いが最高なんだ」。一人芝居を終えた喜劇俳優、アンドレア・ブルニェーラ(59)が自身の哲学を語った。

 
 

 ▽原点

 喜劇との出会いは18歳の時。北部ベネチアの演劇学校で、イタリア伝統の仮面即興喜劇であるコンメディア・デッラルテを学び「笑いの原点」に深く引き込まれていった。

 コンメディア・デッラルテは16世紀中ごろ、演劇がキリスト教の伝道手段だった時代に、イタリア北部で庶民の娯楽として生まれた。18世紀には欧州にも広がったが、一度は衰退。20世紀初期に復活し、現在も一部の俳優らが受け継ぐ。

 仮面をかぶった登場人物が、若い男女の恋愛に反対したり、賛成したり。大騒ぎの末に恋が成就するというのが定番の筋書きだ。

 「仮面には人間の原始的な部分がある。仮面をつけることで抑制を解き、普段は心の底に潜んでいる感情が放出される。愛やねたみ、不安や欲望…。誰もが持つ人間の本性だから、観客が共感できる」

 ブルニェーラが演じるのは、欲が深く好色な商人で、恋する娘の父「パンタローネ」。自らも一人娘の父だ。「貪欲じゃないけど女好きだな。もちろん、娘が彼氏を連れてきたら反対するよ」。とがった鼻の仮面をかぶり、おどけてみせた。

滑稽な表情や動作で一人芝居を演じるアンドレア・ブルニェーラ。簡素な舞台がある邸宅は笑いに包まれた=イタリア中部オルビエト(撮影・松井勇樹、共同)
滑稽な表情や動作で一人芝居を演じるアンドレア・ブルニェーラ。簡素な舞台がある邸宅は笑いに包まれた=イタリア中部オルビエト(撮影・松井勇樹、共同)

 ▽一心同体

 テレビやインターネットに押され、古典演劇への興味は薄れがちだ。コンメディア・デッラルテも、かつてのように仮面や衣装をそろえた本格的な舞台が頻繁に上演されているわけではなく、後継者も育っていない。

 「役者として食べていくのは簡単じゃない。翌月、仕事がないこともある」。生計を立てるために、各地の劇場や広場を巡り、脚本、演出、出演の全てを自分でこなす一人芝居をかける。

 オールに見立てたほうきで船をこぎ、甘い声色で女役も演じる。最小限の小道具と、擬声や細かな体の動きなどで「おかしさ」の本質を伝える。

 「人は頭ではなく体で笑う」。伝統の技術を継承しながら、独自に築き上げた喜劇の神髄だ。

 舞台の袖ではいつも、妻の奈津子(43)が観客の反応を不安そうにうかがっている。「彼と一心同体になってしまっていて、まるで自分が舞台に立っているような気持ちになる」

 留学中の27歳の時に知り合い、31歳で結婚した。初めてブルニェーラの舞台を見た時、迫力に圧倒された。ただ「あのころの自分は考え方が幼く、喜劇俳優という夫の職業が恥ずかしかった時もあった」と言う。

 仕事仲間が頻繁に自宅に泊まり「私は旅館のおかみか!」と不満を感じたことも。でもいちずな夫には、役者以外の人生はない。「泣かせるより笑わせるほうが難しいことも、今はよく分かる」

小高い丘の上にたたずむオルビエトの街並み。中世の雰囲気を残す建物が夕暮れに包まれていく(撮影・松井勇樹、共同)
小高い丘の上にたたずむオルビエトの街並み。中世の雰囲気を残す建物が夕暮れに包まれていく(撮影・松井勇樹、共同)

 ▽不安を乗り越え

 ブルニェーラは4月、地元の人たちを集めてコンメディア・デッラルテの知識や手法を伝えるワークショップを開いた。

 自分を解き放ち、内なるエネルギーを発散する。それが演技指導の基本だ。「さあ、自分がどこにいるか想像して」。参加者たちに問い掛ける。1人はサルになりきった。腰をかがめて両手を床につき「ウオッ、ウオッ」と鳴き声を発しながら、森の中をさまよう演技をした。

 仮面をつけて即興喜劇にも挑戦した。銀行員のマリア・エマ・メッシーナ(50)は「自分を別人に変える仮面のパワーを感じた。体全体で表現して演じることで、新しい自分も発見できた」と満足そうだ。

 近所のレストランに場所を移し、演劇談議に花を咲かせた。コンメディア・デッラルテが盛んだった時代は、戦争や災害が続き、疫病も流行していた。

 「人々は一緒に笑い、つながることで、日常を忘れて不安を乗り越えてきた。喜劇は悲劇から生まれた」とブルニェーラが力説した。世界各地で紛争やテロが起き、ネットの発達で人間同士の生身の交流が薄れてきている今こそ「喜劇が必要とされている」とも。

 「争いや対立があっても、最後には愛し合う」伝統喜劇の単純な筋書きこそ、いつの時代も変わらず誰もが心から望む生きざまではないか。「笑い」を語れば時間を忘れる。時計の針は深夜0時を回っていた。(敬称略、共同通信・植田粧子)

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