メニュー 閉じる メニュー

【第25回 シリア】 「イスラム国」を風刺 シリア難民、平和願い

2017.10.26 9:59
風刺動画の撮影で、銃で撃たれるIS戦闘員の役を演じるバキール(右から2人目)。「シリアでは日常があまりに悲劇的だから、喜劇の方が人々の記憶に残るんだ」と監督のヘラーリ(左端)は言う=トルコ・イスタンブール(撮影・ニコール・タング)
風刺動画の撮影で、銃で撃たれるIS戦闘員の役を演じるバキール(右から2人目)。「シリアでは日常があまりに悲劇的だから、喜劇の方が人々の記憶に残るんだ」と監督のヘラーリ(左端)は言う=トルコ・イスタンブール(撮影・ニコール・タング)

 撮影が始まった。
 〈昼下がり、人けのない路上。過激派組織「イスラム国」(IS)の指導者バグダディに扮(ふん)する男がくつろいでいる。手には、たばことワイン。

 スマートフォンで女の子とチャット。顔がにやける。突如仲間が現れる。男はたばこを捨て、ワインを隠す。「天国に行きたい」と仲間が言う。

 「天国には処女がたくさんいるからな」。男はそう答え、自爆ベルトを仲間に巻き付ける。数秒後、裏手のオリーブ畑で仲間が自爆すると、男は何事もなかったかのように、ワイン片手に踊りだす〉

 イラクとシリアにまたがる領域を実効支配するISの実態を皮肉った動画の一こまだ。ISは飲酒や喫煙を禁止し、シャリア(イスラム法)の厳格な実践を支配下住民に強要する。だが実際の姿は…。現実との落差や矛盾が笑いを誘う。

 動画を制作したのは、シリア北部アレッポ出身者らでつくるメディアグループ「ダヤ・アルタゼ」。アラビア語で「誰も何が起きているのかを知らない」という意味だ。

 動画を中東のテレビ局やインターネットで公開すると、反響が広がった。創設者のマン・ワトフィー(29)は「やつらは真実が暴かれるのを恐れている。その弱点を風刺で突く」と言う。

 ISは捕虜や住民を斬首し、あるいは火あぶりにする残虐な動画を次々と公開、世界に衝撃と恐怖を与えた。動画に動画で対抗、挑戦状を突きつけたのがワトフィーたちだ。

 
 

 ▽血の祝祭

 6年以上に及ぶシリアの危機で、ワトフィーが体験した世界は「笑い」とはほど遠い。投獄され、脅され、難民として欧州へ―。死者40万人を超える内戦の悲劇を体現したような歩みだ。

 「シリアに民主主義を」―。チュニジアから始まった「アラブの春」がシリアにも波及した2011年3月。アレッポの大学生だったワトフィーは、反体制デモの最前線にいた。「次はシリアの番だと思うと興奮が止まらなかった」

 週に2、3回デモを主導したが同年6月、軍の情報部門に拘束された。首都ダマスカスなど四つの政治犯収容所で、激烈な拷問を体験した。
 
 約70人を壁際に座らせた大部屋。1人を中央に引き出し、看守約10人が電気棒でたたく。うずくまり、悲鳴を上げ、意識を失うと水を浴びせる。血が床に流れると、別の収容者が呼ばれる。「血の祝祭」。そう呼ばれた拷問は毎晩続いた。

 約20人の雑居房に、横たわる場はなかった。トイレは1日3回で各1分。雑居房では便の垂れ流しが常態化した。着替えもなく、釈放された仲間が残した下着を使った。「死のうと考えたが、できなかった」。大きなため息をつき、時折天を仰ぎながら振り返った。

 

 拷問から5年余りが経過し、ようやく頰の肉付きが元に戻りつつあるワトフィー。風刺動画のアイデアを練る毎日だが、「釈放後、まだ心から笑えた日は一日もない」と寂しそうに語った=オランダ(撮影・澤田博之)
 拷問から5年余りが経過し、ようやく頰の肉付きが元に戻りつつあるワトフィー。風刺動画のアイデアを練る毎日だが、「釈放後、まだ心から笑えた日は一日もない」と寂しそうに語った=オランダ(撮影・澤田博之)

 ▽喜劇

 12年1月に釈放され、トルコ南部ガジアンテプへ避難。アレッポ出身の広告業ユセフ・ヘラーリ(34)らと知り合い、6人で「ダヤ・アルタゼ」を結成した。「武器を取れない自分たちが、シリア民主化に貢献できる方法はメディアの活用しかなかった」

 アサド政権を風刺したが、13年後半にISの前身組織が勢力を拡大すると対象は広がった。「民主化の敵」となったISを動画で笑い飛ばした。

 〈アサド政権軍兵士が動揺しながら精霊に告白する。「心が苦しい。罪の意識を感じずにシリア人を殺す方法は?」。精霊は魔法で兵士の軍服をISの戦闘服に変えた。「これで宗教の名の下、良心の呵責(かしゃく)なしにシリア人を殺せるだろう」〉

 ISはソーシャルメディアを通じ、ワトフィーらの殺害を予告。スタジオが襲撃されかけ、活動を共にしたジャーナリストが惨殺された。危険を感じたワトフィーは妻アヤ・ビニー(29)が妊娠したのを機に15年9月、ボートでギリシャ東部の島へ渡り、さらにオランダへ向かった。

 トルコ最大の都市イスタンブール。ことし3月、今にも崩壊しそうなアパートで撮影があった。ワトフィーがオランダで脚本を書き、ヘラーリが監督と制作を担当する。

 IS戦闘員を演じるユセフ・バキール(24)が図らずも口にした。「シリアでは、芝居よりも現実が最も喜劇的なんだ。軍が自国民を殺害し、街を破壊する。イスラム教の価値観と対極にある連中が『イスラム国』を名乗っている」

昨年12月にアサド政権軍が完全制圧したシリア内戦最大の激戦地アレッポ。戦闘で建物が破壊された旧反体制派地域で子どもたちが遊んでいた=2月(撮影・吉田昌樹)
昨年12月にアサド政権軍が完全制圧したシリア内戦最大の激戦地アレッポ。戦闘で建物が破壊された旧反体制派地域で子どもたちが遊んでいた=2月(撮影・吉田昌樹)

 ▽人間性の回復

 ビニーや長男アダム(1)と共にオランダの田舎に暮らすワトフィー。そよぐ風に平穏を感じる。だが拷問で受けた背中の傷の治療は続き、悪夢を思い出して眠れぬ夜もある。「拷問は私から笑いを奪った。風刺動画の制作は、自分が人間性を取り戻す試みだったのかもしれない」

 居間に昼下がりの陽光が差し込む。ワトフィーがアダムを抱き上げた。父の〓(順の川が峡の旧字体のツクリ)をさすり、アダムは笑った。(敬称略、共同通信・平野雄吾)

関連記事 一覧へ