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【第16回(フィリピン)】 スラムの空に夢を追う 若手芸人が異国で挑戦

2017.8.3 10:30
マニラのライブバーでコントを披露するハポン・スリーの堀越佑樹(中央)ら。フィリピン語の軽妙な掛け合いが観客の笑いを誘う(撮影・村山幸親、共同)
マニラのライブバーでコントを披露するハポン・スリーの堀越佑樹(中央)ら。フィリピン語の軽妙な掛け合いが観客の笑いを誘う(撮影・村山幸親、共同)

 路地の奥は迷路のようだった。闘鶏用のニワトリを抱えた上半身裸の男。金だらいで洗濯をする女たち。両側の家のひさしが突き出て暗く、見上げた空は狭かった。

 フィリピン・マニラのトンド地区は東南アジア最大のスラムといわれる。48歳のドロレス・リカフレンテはここで生まれた。きょうだいは12人。幼くして父を亡くし、母が行商で一家を養った。狭い部屋にみなで雑魚寝し「イワシの缶詰一つを分けあった」記憶もある。

 
 

 ▽日本に出稼ぎ

 その彼女は今、3階建ての持ち家に住む。一財産を築いたのは日本への出稼ぎだった。色白の美少女だった17歳の時、ダンサーとして海を渡る。実際の仕事はフィリピンパブのホステスだった。

 以来、36歳の時まで約20回、日本と故国を往復した。「最初が前橋で次が東京の六本木。滋賀県に8回と京都、あとは、ええと…」。正確な回数と場所は本人もよく覚えていない。達者な日本語は関西弁で「あかん」が口癖だ。

 滋賀県では日本人男性と恋に落ちた。「でも、奥さんがいはった」。ドロレスの子は6人。恋に落ちたどころか、うち5人がその男性の子だ。男性は月10万円を送ってくる。年に1度は子どもに会いにマニラに来る。

 「日本やと、あたしのような場合、こっそり1人産むとかやろ。産み過ぎやな。ほんま育てるの大変」。末は10歳の男女の双子。その双子が「朝からテレビゲームばっかりで言うこと聞かへん」ことが目下の悩みだ。「とっくに別れた」という前夫で長女の父ギルバートも、なぜか同居。ただし、無職の彼の寝場所は玄関横の木の長いす。門番役だ。

 この大家族に新たな居候が加わった。吉本興業所属の30歳の芸人、堀越佑樹だ。埼玉県出身の堀越は19歳で漫才デビューしたが売れなかった。アルバイト暮らしの中、アジアに住み、言葉を覚えて芸を磨く「住みますアジア芸人」というプロジェクトを知る。吉本興業、電通などが出資のプロジェクトだった。

 メンバーに選ばれ、28歳の井上和夫、26歳の田中一樹と昨年4月にマニラに来た。最初は3人で暮らしていたが、昨年9月から堀越1人、知人の紹介でここに移った。彼なりの覚悟ゆえだった。「芸人としては年齢的にもう瀬戸際。この国で売れるまでは日本に帰らない。そのためにも、スラムで生のフィリピン語をしっかり覚えたい」

居候の堀越佑樹に手作りの料理を振る舞うドロレス・リカフレンテ。2人が交わす漫才のような会話の聞き役は、もっぱらドロレスの長女と孫(奥)。家の中には笑いが絶えない=マニラ(撮影・村山幸親、共同)
居候の堀越佑樹に手作りの料理を振る舞うドロレス・リカフレンテ。2人が交わす漫才のような会話の聞き役は、もっぱらドロレスの長女と孫(奥)。家の中には笑いが絶えない=マニラ(撮影・村山幸親、共同)

 ▽ツッコミがない

 ドロレス宅が「おもしろいことだらけ」なのも堀越が住み続ける理由だ。「食事時になると必ず現れて食べていく近所のおじさんもいる。最初は誰が誰だかさっぱり分からなかった。ツッコミどころ満載の家。でも、ドロレスさんは、すべてを受け入れて淡々としている。すごい」。確かに彼女には、こすっからい欲が見えない不思議な温かさがあった。

 堀越のネタ帳にはメモがびっしり。ただ、漫才の元ツッコミ役としてはネタづくりで悩む。「フィリピン人はすぐボケて周りを笑わせ、なごませる。でも、ツッコミの文化がない。ツッコムと逆にしらけちゃうんです」

 日常会話はかなり上達し、井上、田中とともにトリオ「ハポン(日本人)・スリー」を結成。物珍しさもあって、既にフィリピン人や在留邦人のパーティーに呼ばれてコントを披露している。プロジェクトの滞在費は月に約3万円だが「節約すれば食える。バイトなしの暮らしは芸人になって初めて」と堀越は喜ぶ。

買い物帰りに近所の路地を歩く堀越佑樹とドロレス・リカフレンテ=マニラ(撮影・村山幸親、共同)
買い物帰りに近所の路地を歩く堀越佑樹とドロレス・リカフレンテ=マニラ(撮影・村山幸親、共同)

 ▽ざっくばらん

 例えばこんなネタがある。日本人とフィリピン人女性のデート。待ち合わせ時間通りに来た女性に日本人が文句を言う。

 「どうしたの?」
 「時間通りじゃない」
 「髪も乾いている」
 「何が悪いの?」
 「僕はフィリピン女性とつきあいたいんだ!」

 交通渋滞が悪化の一途のマニラでは、時間通りに人はなかなか来ない。フィリピン人は外出前に必ずシャワーを浴び、ぬれ髪のまま出かける女性もいる。そんな現地事情からのネタだが、万事ざっくばらんのドロレスの評は厳しい。

 「あまり、おもろない。ユウキ、まだあかん」
 「うーん…」
 「別の仕事探したろか? 日本人ならマニラでもきっとあるよ」
 「いや、コメディアンをやるためにこの国に来たんだって」

 スラムから旅立ち、日本で夢を追った彼女には、スラムで夢を追う堀越が理解できない。やりとりは漫才のようになる。

 日系会社のパーティーで「ハポン・スリー」の芸を見た。フィリピン人社員が隠し芸を披露する場へのゲスト出演だった。同僚のダンスやものまねに会場が大爆笑に包まれる中、彼らの出番が迫った。「やばいっす。みんなうまくて面白い」。堀越はびびっていた。しかし、さすがプロ。臆せずコントを演じて、まずまずの笑いを取った。

 芸達者な素人ぞろいの国で堀越の挑戦は続く。スラムの狭い空を見上げながら。(敬称略、共同通信・石山永一郎)=2017年04月26日

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