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【第15回(英国)】 人間の営み、おおらかに 禁断の絵師・河鍋暁斎

2017.7.26 15:56
ロンドンの自宅で熱心に暁斎の魅力を語るイスラエル・ゴールドマン。後ろにあるのは暁斎の代表作「烏瓜に二羽の鴉」(撮影・松井勇樹、共同)
ロンドンの自宅で熱心に暁斎の魅力を語るイスラエル・ゴールドマン。後ろにあるのは暁斎の代表作「烏瓜に二羽の鴉」(撮影・松井勇樹、共同)

 象とタヌキが遊び、猫やネズミにコウモリが扇をかざして曲芸をする。達磨(だるま)をいかめしく荘厳に描いたかと思えば、その達磨が着物の裾をからげた女性の股をくぐる―。

 絵師、河鍋(かわなべ)暁斎(きょうさい)(1831~89年)の作品が展示された会場では、厳粛な顔で仏画に見入る人の脇で、滑稽な動物画にほほ笑む人が。あからさまに性を描く春画の前ではくすくす笑いが漏れる。

 「楽しいでしょ。理屈抜きにユーモラス、見る人の笑いを誘う」。世界有数の暁斎コレクター、イジーことイスラエル・ゴールドマン(59)が目を輝かせる。

 幕末から明治、200年以上に及んだ鎖国から開国へ。西洋文化の導入に躍起となった“お上(かみ)”をからかい投獄されたこともある反骨の画家、暁斎は“禁断の笑い”を描いた絵師でもあった。

 
 

 ▽ウイットとユーモア

 「卓越した技法には圧倒される。でも彼の本当の魅力は、ウイットとユーモアだ」。ロンドンの自宅で、お気に入りの「鴉(からす)」の掛け軸を背に、イジーが暁斎を語る。鴉は暁斎が日々の修練の対象とし、内外で名声を確立したシンボルでもある。

 伝統的に欧州の絵画は精神性や宗教性を大事にしてきた。だが「素晴らしい画家は大勢いる。でも、こんなふうに笑いを描いた画家はいない」。

 イジーは米カンザスシティーで生まれ、ハーバード大で日本美術史を専攻、浮世絵に魅せられ、卒論は「歌麿」。1981年に渡英しロンドンで美術商を始めた。

 オークションのプレビューで「半身達磨」に初めて出会う。図書館などで調べて暁斎の人と絵に驚愕(きょうがく)して購入を決断、「心臓をバクバクさせながらオークションに臨み」、誰もが見落としていたこの暁斎の代表作を55ポンド(当時約2万5千円)で落札した。美術品としては破格の安値だった。

 同じ頃に落札した「象とたぬき」は米国人に売れたが、すぐに「とても大切なものを手放してしまった」と猛烈な後悔の念に襲われた。数年後にようやく買い戻すのだが、これが生涯を懸ける暁斎収集の第一歩だった。

 以来35年、千点近い作品を所有、個人コレクターとしては世界一に。暁斎は欧米での評価は高く、2013年にクリスティーズのオークションでは「地獄太夫」に、約9千万円の値が付いた。

暁斎作「動物の曲芸」。動物たちが芸を披露する。にぎやかな場のざわめき、はやす声や掛け声が聞こえてくるようだ(イスラエル・ゴールドマン提供、立命館大アート・リサーチセンター協力)
暁斎作「動物の曲芸」。動物たちが芸を披露する。にぎやかな場のざわめき、はやす声や掛け声が聞こえてくるようだ(イスラエル・ゴールドマン提供、立命館大アート・リサーチセンター協力)

 ▽描き尽くす

 河鍋暁斎は数え7歳で歌川国芳(うたがわ・くによし)、10歳から狩野派に学ぶ。浮世絵や狩野派だけでなく、土佐派や円山四条派など伝統的な日本絵画に加え、西洋絵画の技法も身に付けた。

 竜、虎、カエル、タコやエビ、鬼、七福神、観音、達磨、幽霊や化け物。政府高官や僧侶、士農工商あらゆる階層の老若男女。「描けぬものはない」と言われ、「画鬼」と称された絵師だった。

 鹿鳴館を設計した英国人建築家ジョサイア・コンダーは暁斎に入門し「暁英」の号を与えられた。暁斎の訃報は、日本人で初めてフランス紙ル・フィガロに掲載された。

 多彩な作品で人々を魅了する暁斎だが、その特徴の一つが「性」を題材にした春画だ。性の力を肯定的にとらえ人間の喜びや楽しみ、笑いを表現し、夫婦和合や子孫繁栄の縁起物とされた春画は「笑い絵」とも呼ばれた。暁斎の春画はまさに笑いにあふれている。「最後の偉大な春画家」(イジー)でもあった。

暁斎作「達磨の股くぐり」。禅の開祖である達磨が遊女の股をくぐる。そんな情景にもかかわらず、いかめしい達磨の表情がおかしい(イスラエル・ゴールドマン提供、立命館大アート・リサーチセンター協力)
暁斎作「達磨の股くぐり」。禅の開祖である達磨が遊女の股をくぐる。そんな情景にもかかわらず、いかめしい達磨の表情がおかしい(イスラエル・ゴールドマン提供、立命館大アート・リサーチセンター協力)

 ▽100年前の発想

 定村来人(さだむら・こと)(34)も暁斎の人と作品に魅せられた一人だ。東大大学院で暁斎を研究、現在は米フリーア・サックラー美術館研究員、大英博物館客員研究員として、膨大なイジーのコレクションの調査や整理に携わる。

 「古典を卑俗化し、達磨など有名なキャラクターを春画の対象にする。本来こうあるべきだというイメージを崩して、ギャップによる笑いを醸し出す」。暁斎の笑いの本質をこう読み解く定村は、イジーの所蔵する暁斎の春画をすべて収録、解説した「暁斎春画」を石上阿希(いしがみ・あき)(国際日本文化研究センター特任助教)と共著で2月に出版した。

 そして、卓越した技法、描かれるさまざまな対象もさることながら、春画の面白さに注目する。
 「西洋化、近代化の時代、西洋の裸体画は精神性のある芸術なのに、春画は下品、わいせつだとされた。そんな時代に暁斎は、薄暗いジメジメとしたものではなく、明るいおおらかな笑いに包んで性を描き、庶民の笑いや楽しみ、不安や疑念に寄り添った絵師だった」

 今年、イジー所蔵の作品から約190点を選んだ「これぞ暁斎!ゴールドマン コレクション」展が東京、高知、京都、金沢で開かれる。中には春画も含まれているが、春画の展示については今も賛否両論という。

 「100年前だったら、欧米でも暁斎の春画は拒絶されたかもしれない。でも、今は人間の営みを描いた彼の評価は高い。『人間そのもの』を描いた春画がなぜ忌避されるのか、日本はいまだに100年前の発想なんだろうか」とイジー。

 日本は今も、外圧がなければ変わらないのかもしれない。(敬称略、共同通信・遠藤一弥)=2017年04月19日

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