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【第14回(米国・ハワイ)】 異民族共存の潤滑油 「アロハ」に親愛込めて

2017.7.19 11:30
身ぶり手ぶりでコントを披露するフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル(撮影・宮澤拓、共同)
身ぶり手ぶりでコントを披露するフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル(撮影・宮澤拓、共同)

 夜のとばりが降りる。米ハワイ州のワイキキ・ビーチに近い屋内施設でショーは始まった。壇上には、現地の人気コメディアン、フランク・デリーマ(67)。紺のポロシャツを着た好々爺(こうこうや)は、500人の聴衆の心を一瞬で、わしづかみにした。

 「韓国人は、かみつくようにしゃべるよね。ハワイのゴルフ場に出没するマングースみたい」

 でたらめな中国語の物まねは若き日のタレント、タモリをほうふつさせる。

 「なにわーぶし(浪花節)」。いきなり、こぶしをつけて、うなり声を上げる。「昔、近所の日系人から教わったんだ」

 冷やかしや、眉をひそめたくなる言葉が、泉のようにわき出す。でも地元の人々は好意的だ。

 日系2世セツコ・ウイラー(79)は「みんな楽しんでいるので、差別は感じないわ」。ビル・ウォルター(52)も「とても、おかしいので泣いてしまった。あらゆる国の人を取り上げており、気持ちが和む」と心置きなく話に身を委ねた。

 
 

 ▽移民の歴史

 ハワイの笑いを育んだのは移民の歴史だ。英国の探検家ジェームズ・クックが1778年、ハワイ諸島に上陸。その後、植民地を求めて来航者が相次ぐ。19世紀半ばから砂糖産業が栄えた。

 日本との交流は1881年、ハワイ王国第7代のカラカウア王の訪日がきっかけ。日本人が移住し、一時はハワイの人口の4割に。中国、韓国、フィリピン、ポルトガルからの移民も増えた。

 多くは低賃金で過酷な労働を強いられた。ハワイ語でサトウキビの葉むしりをホレホレと言う。葉は先が鋭くとがり、手や体に刺さる。「行こかメリケン(米国本土) 帰ろかジャパン ここが思案のハワイ国」。日系労働者に流行した「ホレホレ節」は、苦難と葛藤の歴史から生まれた。

 米国全体で白人系は77・1%を占めるが、ハワイ州の民族構成は白人系24・7%、フィリピン系14・5%、日系13・6%、ハワイアン系5・9%(2010年米国勢調査)。辛酸をなめた少数民族は連帯し、互いの個性を尊重してきた。

セント・アン・チャーチ・モデルスクールでショーを終え、子どもたちと記念撮影するフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル郊外(撮影・宮澤拓、共同)
セント・アン・チャーチ・モデルスクールでショーを終え、子どもたちと記念撮影するフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル郊外(撮影・宮澤拓、共同)

 ▽お総菜

 デリーマも異文化に囲まれて育った。ホノルル中心街から車で約20分のパウオアが古里だ。5人きょうだいの4番目。父は電気会社に勤め、母はケーキ職人。父母には、それぞれ「4種類の血」が混じる。「フィリピン、中国、韓国人、日系人…。いろんな文化、宗教があった」と記憶の糸をたぐり寄せる。

 毎週金曜日。自宅近くに25セントで買える日本のお総菜屋があった。「天ぷら、煮しめ、漬けもの、照り焼き。とてもおいしかったよ」。近所のヨネシゲさんや中国人のリーさんが、実の孫のように接してくれた。抑えがたい郷愁を今でも感じる。

 子どもの頃から文化の違いに興味を持つ。ハワイの大学で社会学を学ぶ傍ら児童心理学も専攻。カリフォルニア州の大学院で神学の修士課程を修了した。神父になるつもりだった。でも家族が集まるパーティーで、近所の人のまねをして大いに受ける。コメディアンに憧れるようになった。

 「植民地時代を経て異文化が混じり合う。その伝統を尊重し楽しんできた人は、私の笑いを理解できる」。デリーマ自身も、さまざまな血を受け継ぐ。少数民族をからかうことは、自分を笑うことでもある。その心の余裕が、多民族社会で潤滑油の役割を果たしてきた。

 だが同じ米国でも、民族間で摩擦が起きている本土では、受け入れられない危険性がある。「民族の生活習慣や歴史的、文化的背景を熟知していないと、差別とみなされるかもしれない」

海の近くの公園でくつろぐフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル(撮影・宮澤拓、共同)
海の近くの公園でくつろぐフランク・デリーマ=米ハワイ州ホノルル(撮影・宮澤拓、共同)

 ▽天の贈り物

 デリーマは現在、ボランティアで学校のショーに力を入れる。2月中旬のホノルル市郊外。セント・アン・チャーチ・モデルスクールで、5歳から14歳までの子どもと向き合った。右足は靴を履いているが、左足はサンダル。糖尿病の後遺症の影響で、足を引きずっている。

 大人相手と打って変わり、毒の強さは影を潜める。「君たちが生まれたということは、それ自体が天からの贈り物。1日に2回はアロハを思い出しなさい。そして毎日笑いなさい」と穏やかに語りかける。「毎日甘いものばかり食べていると、私みたいになりますよ」とも付け加えた。

 あいさつのアロハには、親愛という意味が込められている。人種差別や偏見を許さない強いメッセージだ。エミリー・ブラウン(13)は「アロハという言葉の大切さが分かった。健康についての話も説得力があり、印象深かった」と顔を輝かせた。

 独身のデリーマも、やりがいを感じる。「子どもたちは真剣に聞いてくれる。老人ホームは最初の10分間でみんな寝てしまうから大変。いつかは起きるけど」。そう言うと、ウインクした。(敬称略、共同通信・志田勉)=2017年04月12日

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