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【第11回(東ティモール)】 独立導いたコメディアン 「マルコス」平和の響き

2017.6.27 15:30
住民投票の有権者登録のために必要な身分証明書を捜し出し、笑顔を見せるマルコス役のセザール(国連制作ビデオより・共同)
住民投票の有権者登録のために必要な身分証明書を捜し出し、笑顔を見せるマルコス役のセザール(国連制作ビデオより・共同)

  強い陽光が照りつける南国の道で「マルコス、マルコス」と親しげに声がかかる。彼が白い歯を見せておどけると、人々も顔をほころばせた。

 21世紀最初の独立国となったアジアの小国、東ティモール。「マルコス」とは元国連スタッフ、セザール(42)のことだ。コメディアンとして一時期名をはせた彼を、この国の人なら誰でも知っている。そして、多数の犠牲者が出た「悲劇の島」で、彼が独立に果たした大きな役割も。

 
 

 

▽地獄よりひどい

 インドネシアの実効支配下で、どれだけの血が流れただろうか。無差別殺人や暴力、拷問、誘拐…。20世紀末の東ティモールは無法状態にあった。インドネシア軍はすでに20年以上にわたり、併合に反対する独立派勢力や市民の殺りくを繰り返していた。

 「道徳も法もない。市民を守ってくれる治安部隊もいない。おびえてばかりいた。地獄よりひどかった」。当時、国連に地元採用された東ティモール人のセバスティアオ・グテレス(44)は振り返る。犠牲者は20万人とも言われる。

 1998年、インドネシアの独裁者スハルトが退陣すると、希望の光が見え始めた。国際社会の圧力が強まり、東ティモールをインドネシアへ併合するか、国家として独立するか、翌年に住民が投票で決めることになった。

 主導するのは国連。だが「誰ひとりとして住民投票が何であるか、どうやって投票するのか知らなかった」とセバスティアオ。そこで市民を「教育」するために急きょ、欧米や地元採用のスタッフ約20人から成る国連広報チームが編成された。東ティモール人のセザールは、その一人だった。

首都ディリの民族抵抗博物館で、投票を呼びかけるポスターを前に、当時演じたマルコスの思い出を語るセザール(撮影・村山幸親、共同)
首都ディリの民族抵抗博物館で、投票を呼びかけるポスターを前に、当時演じたマルコスの思い出を語るセザール(撮影・村山幸親、共同)

 

▽代役

 「機知に富んで面白く、心に響くコメディーをテレビ放映しよう」。まず「笑い」で人々の気持ちをほぐし、関心を持たせる戦略を考えた。

 チームの事務所があるホテルで働くマルコス・ナブアンというボーイを主役に抜てきした。ちょっとおつむの弱いひょうきん者という人物設定なのに、演技はぎこちなく喜劇にならない。「こう演じたらどうだろう」。セザールのおどけた動作に、みんな拍手喝采。セザールがマルコスの名で代役になった。

 声をほとんど出さず、身ぶりや手ぶり、表情だけで演じる。説明は全てナレーションをかぶせた。「まずは有権者登録をしよう。そのためには身分証明書が必要だ」。マルコスは部屋の中の洋服、かばん、本など身の回りの物を全て廊下に放り出し、ようやく目当ての身分証明書を見つけ、小躍りして駆けて行く。

 「投票は1人1回。3回もできない」。首が取れそうなほど、何度も何度もうなずく。「投票日は早起きして投票所へ出掛けよう」。でもマルコスは寝坊して、バスに乗り遅れてしまう。「子どもの頃から人を笑わせるのは好きだった。お笑いの才能があったのかもしれない」とセザールは言う。

 だがコミカルな演技とは裏腹に、重責に押しつぶされそうになっていた。「住民投票が成功するか否かは、自分の演技次第。重要な役目だった」。友だちを何人も併合派民兵に殺害され、怒りや絶望感も抱いていた。それでも「独立できるかもしれない」との情熱に突き動かされていた。毎日深夜まで演技の練習を続けた。

住民投票の後、併合派民兵に焼き打ちされた独立支持派住民の家屋。首都ディリには住民を二分した独立運動の傷痕が今も生々しく残っている(撮影・村山幸親、共同)
住民投票の後、併合派民兵に焼き打ちされた独立支持派住民の家屋。首都ディリには住民を二分した独立運動の傷痕が今も生々しく残っている(撮影・村山幸親、共同)

 

▽15周年

 「見慣れた人の死。トラウマとなっていた。マルコスを見ていたら、久しぶりに笑えた。うれしさがこみ上げてきて、住民投票に行こうと決意した」。当時学生だった民族抵抗博物館の局長タデウ・アマラル・サルメント(36)は、そう感じた。

 乾いた砂に水が染み込むように、マルコスの笑いは、悲しみや憎しみでひび割れた心を潤した。98%を超す有権者が投票した。78・5%が独立を選択。不満を抱いた併合派民兵が破壊の限りを尽くすが、結果は揺らがなかった。

 海風が吹き抜ける公園を、若い男女が楽しげに散歩する首都ディリ。東ティモールは今年5月で独立15周年。セザールは現在、ジャーナリストとして忙しい毎日を送っている。

 政府の閣僚や政治家を追い、企業や非政府組織(NGO)の会合に顔を出し、サッカー代表チームの選手たちとも情報を交換…。この国で起こる事象をつぶさに取材するため、東奔西走して多くの人々に会っている。

 「まだまだ国づくりの途中。この国は、どこへ向かおうとしているのだろうか」とセザール。厳しい目で国の将来像を思い描きながらも、人々に向ける人懐こいまなざしは変わらない。

 今も彼を「マルコス」と呼ぶ人々の声が、独立と平和の賛歌のように島に響いている。(敬称略、文・清水健太郎)=2017年03月22日

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