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【第10回(米国)】 多様性を育みながら 英語落語で平和活動

2017.6.21 12:47
米オレゴン州アシュランド市で、英語落語を披露する大島希巳江(撮影・高橋邦典、共同)
米オレゴン州アシュランド市で、英語落語を披露する大島希巳江(撮影・高橋邦典、共同)

  白とオレンジの格子柄。和服が照明に映える。米国オレゴン州アシュランド市のウイロー・ウインド・コミュニティー・ラーニングセンターは、日本の小学校に当たる。昨年秋、英語落語の公演が行われた。約80人は異星人でも見るかのように、大島希巳江(46)へ視線を向ける。

 演目は「動物園」。無精な男がアルバイトで、死んだトラの代わりを務めるストーリーだ。大島は「落語は1人で何役も演じます」と語りかけた。 使うのは扇子と手ぬぐいだけ。聞き手の頭の中に登場人物を描き出す。トラが歩くまねをすると、会場にクスクスと笑い声が。ジェスチャーを多くして、せりふを少なくする。面白くない所は省く。子どもの理解を助けるために心を砕く。

 
 

 ▽人間の本質

 初めての異文化に接した3年生のケシー・マッケンロー(8)は「すごく楽しかった。米国の物語と全く違う」と興味津々。「今度、授業参観で一人一人が自分で考えた物語を話す。落語は良い模範になった」と教諭のキム・フリーマン(45)も満足げ。翌日も大島は近くのアシュランド高校で、そそっかしい八五郎と熊五郎が織りなす「粗忽(そこつ)長屋」を披露した。

 八五郎は道ばたで身元不明の行き倒れに遭遇。同じ長屋に住む熊五郎と勘違いし、家路を急ぐ。

 「Kuma!Kuma! I have bad news!」
 「Oh Hachi. What happened?」
 「You…are…dead!」
 「Really?」

 思わず拍手したジェイス・アニス(15)は「米国のコメディーは人をばかにするのが多いが、落語は冗談を言っても友好的な所がいい」と共感する。その感想は落語の魅力を端的に表す。とぼけた凡人や失敗ばかりする市井の人が登場する。「飲む、打つ、買う」の人間の業の深さと、人情の機微もにじみ出る。「落語は人間の本質をついている」と大島。石塀が形の良い石だけで造れないように、人間社会の多様性と共生の大切さも暗示する。

 そして大島の理念は、もっと高いところにある。「ただ笑って終わりではない。心に残るようにしたい。国際関係で、ぎすぎすした時も、きっと役立つ。海外公演は平和活動です」。多様性を否定するポピュリズム(大衆迎合政治)が世界で頭をもたげる中、分断といさかいを防ぐ効果に期待する。

 今でこそ場慣れした海外公演だが、当初は試行錯誤の連続だった。10年ほど前のインド公演。仲間の落語家が「お玉牛」を演じると、会場は静まりかえった。男に言い寄られて困った美女「お玉」が父に相談。父は部屋に牛を引き連れ、布団をかけて「夜ばい」に備える。だがインドで牛は聖なる動物。「観客が、どん引きして…。その後は何をやっても盛り上がらなかった」。以降、イスラム教徒のいる国で酒、犬、豚が登場しないように細心の注意を払う。

 英語落語に対する日本の落語家の反発も、当初は半端でなかった。「外国人に理解させるのは無理」との批判も。乗り越えられたのは「当時若かったから」と振り返る。

米オレゴン州アシュランド市で大島希巳江の英語落語を聞いて笑う子どもたち(撮影・高橋邦典、共同)
米オレゴン州アシュランド市で大島希巳江の英語落語を聞いて笑う子どもたち(撮影・高橋邦典、共同)

 

▽転機

 大島は現在、神奈川大で異文化コミュニケーションを教える。落語家としても20年の経歴があり、世界20カ国で英語落語の公演をこなした。だが千葉県浦安市で過ごした少女時代は、その対極にいた。「成績がオール2だったこともある」。窓の外ばかり見て空想の世界をさまよう。脳の障害を疑われ、CTスキャンの検査を受けた。

 ジャッキー・チェンが好きで少林寺拳法の道場に通い始める。本人に会いたい一心で英語を勉強、米国に留学した。文化の違いに興味があり、大学院で「多文化と多言語」を専攻。1996年、シドニーの学会で「日本のユーモアを発表してほしい」と言われたのが転機になる。

米オレゴン州アシュランド市で英語落語の公演後、子どもたちに囲まれる大島希巳江(撮影・高橋邦典、共同)
米オレゴン州アシュランド市で英語落語の公演後、子どもたちに囲まれる大島希巳江(撮影・高橋邦典、共同)

 ▽似顔絵

 落語を選んだのは古くから親しまれ、普遍性が高いと思ったからだ。戦国大名に仕え、話の相手をする「御伽衆(おとぎしゅう)」が起源とされる。江戸時代の文化・文政期には、125軒も寄席があったといわれている。大島の見通しは的中し、今「平成の落語ブーム」。外国人落語家も増えた。

 でも外国の場合、地方都市では知名度不足。今回の公演でも「日本はどんな国?」と関係のない質問が相次いだ。

 「『また来て』と言ってくれるかどうかで真価が問われる」。大島は気にしながら、アシュランドの学校を後にした。その日の夕。授業を終えたフリーマン教諭は教室で、子どもたちの感想文に目を通していた。書き出しは「Dear Kimie」。あかね色の夕日が、着物姿でほほ笑む似顔絵を照らしている。「落語をまた聞かせてくださいね」と結ばれていた。(敬称略、共同通信・志田勉)=2017年03月15日

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