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【第8回(ロシア)】吹雪は別れのカーニバル 道化師アシシャイがゆく

2017.6.7 10:50
「舞台は命と命の一回限りの出会い。毎回違う」と語るビチェスラフ・ポルーニン=南アフリカ・ケープタウン(撮影・ロジャー・ボッシュ、共同)
「舞台は命と命の一回限りの出会い。毎回違う」と語るビチェスラフ・ポルーニン=南アフリカ・ケープタウン(撮影・ロジャー・ボッシュ、共同)

 おいらの名はアシシャイ。クラウン(道化師)だ。でもサーカスの住人じゃない。自分たちの舞台があって、世界を旅して歩く。「スノーショー」って言うんだ。20年以上もやってる。

 おいらの出し物には、雪が欠かせない。去年は真夏の日本で、猛吹雪を巻き起こしてきた。日本のお客はおとなしいな。でも心から喜んでくれた。おいらはいつも、舞台の最後に客席へ降りて、一緒に時間を過ごす。だからお客の気持ちが分かるのさ。

ビチェスラフ・ポルーニンが「スノーショー」で演じるクラウンのアシシャイ。クライマックスの猛吹雪の一場面(撮影・V・ミシュコフ、共同)
ビチェスラフ・ポルーニンが「スノーショー」で演じるクラウンのアシシャイ。クライマックスの猛吹雪の一場面(撮影・V・ミシュコフ、共同)

 

▽悲喜劇

 私の名前はビチェスラフ・ポルーニン。66歳のロシア人です。アシシャイは、私や仲間が演じる一心同体のキャラクターです。1970年代、私はソ連のパントマイム界で既に有名な存在だったが、新しい芸術、未知の世界に引かれ始めていた。そこで新しい主人公を探すことにしたのです。

 5年間、図書館に通い、イワンのばか、ドンキホーテなどが、なぜ長く愛されるのか研究した。そして、アシシャイを創造しました。

 だぶだぶの黄色い服に、赤い鼻と赤い靴。アシシャイは80年末にテレビでデビューした。大反響があった。私は彼が生きる世界も、つくりあげていった。このようにしてスノーショーが生まれたのです。

 パントマイムは他人を演じます。でもクラウンには自分自身が乗り移る。生きざまがそのまま表れてしまう。

 私はロシアのノボシーリという地方都市で生まれました。深い雪が遊び相手だった。迷路をつくって夢中で遊んだものだ。でも吹雪の夜は、仕事に行った母が、もう帰って来ないのではないかと心配していた。

 雪は美や喜び、優しさであると同時に、不安や悲しみの象徴です。だから私の舞台には、いつも雪が舞っている。喜劇と悲劇が一体化している。

 色も大切です。照明に使うフィルターの定番は119。宇宙や海底を連想させる深い深い青です。黄色い服のアシシャイが、宇宙の星に見える。彼は永遠の一瞬を生きる小さな生命なのです。

 
 

 ▽悪魔

 おいらの祖国、ソ連は91年に壊れちまった。ロンドンに行って腕試しをした。最初はもうけが少なくて不安だった。すぐ人気者になったけど、英国の人たちが言うんだ。とっても面白いが、ちょっと砂糖のまぶしすぎじゃないか。つまり甘すぎる、ってことらしい。なぜ残忍さや緊張、汚さがないのかって、聞くんだ。

 おいらは不思議な気持ちがした。ロシアでは正反対だから。ロシアには汚さと悲劇がいっぱいだ。だから光や優しさ、暖かさが求められる。おいらはそれに応えてきたけど、今度はちょいと悪魔のふりをしようと思いついた。

 顔を塗る時、それまでは目の周りを広く白く塗ったが、黒く塗ることにした。でも瞳が鋭く光るように、目の縁に近い部分だけは白く残した。つんと突き出ていた赤い鼻を、だらんと垂らした。何だか体も心も、重力で下に引っ張られている感じになった。

 若くて陽気で、軽々と跳び回ってたおいらを、何度も悲劇が襲い、自分の殻に閉じこめてしまったようなイメージ。でも外見だけだ。陽気で優しいアシシャイは、悪魔の化粧の下でちゃんと生きている。

 無邪気な子供とひねくれ者の同居。その緊張関係が物語を生んだ。英国のお客はとても喜んだ。その後おいらは、すみかを英国からフランスへ移したけど、顔のメークは今もそのままだ。おいらの顔には悪が、心には善が宿ってるんだ。

「スノーショー」では突然、クモの巣が客席を覆うシーンも。歓声を上げる子どもたち=南アフリカ・ケープタウン(撮影・中野智明、共同)
「スノーショー」では突然、クモの巣が客席を覆うシーンも。歓声を上げる子どもたち=南アフリカ・ケープタウン(撮影・中野智明、共同)

 ▽生死の境

 私のスノーショーの冒頭では、アシシャイが首をつる縄を持って現れます。絶望に沈んで縄をたぐるうちに、その先につながった別のクラウンが飛び出してくる。舞台はたちまち、死から生、静から動へと一転します。

 クライマックスは猛吹雪です。白い紙片が荒れ狂い、アシシャイだけでなく観客を襲います。ここにも死の影があります。しかし、その後で舞台から客席へ繰り出されるたくさんの大きな風船が、観客を過去へ連れてゆく。大人が子供に戻って遊ぶ。見守るクラウン。役者と観客が、いつしか入れ替わっています。

 生と死、過去と未来、舞台と客席、大人と子供を隔てる溝を、吹雪が消してゆく。すべての境界や制限が溶けてゆく。永遠を表現したいのです。

 私は自分で育てたパントマイム劇団を、人気の絶頂で解散し、未知のクラウン劇へと旅立ちました。

終着駅はまだ分からない。スノーショーにも、アシシャイが懐かしい人と別れ、思い出を詰めたかばんを持って、列車で出発する場面がある。

 吹雪は別れのカーニバルです。人は吹雪を恐れつつ、同時に期待してもいるのです。愛する過去と別れ、新たな世界へ踏み出すために。(敬称略、共同通信・松島芳彦)=2017年03月01日

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