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【第7回(ドイツ)】笑った後にぞっとする 「ヒトラー」はなぜ受けたか

2017.6.1 14:46
ドイツ南部ミュンヘンに残るナチスが使った建物の前のティムール・ベルメシュ。1930年代を思わせる欧州各地の動きに「僕たちが最後の民主主義世代かな」とつぶやいた(撮影 Frank Bauer、共同)
ドイツ南部ミュンヘンに残るナチスが使った建物の前のティムール・ベルメシュ。1930年代を思わせる欧州各地の動きに「僕たちが最後の民主主義世代かな」とつぶやいた(撮影 Frank Bauer、共同)

 1945年に自殺したナチス・ドイツの独裁者ヒトラーが、現代によみがえる。往年と変わらぬ言動で「ものまねコメディアン」と誤解され、テレビやインターネットで人気者となり、再び人心をつかんでいく―。

 ヒトラーの独白で進む風刺小説「帰ってきたヒトラー」(邦題、ティムール・ベルメシュ著)は2012年の出版以来、ドイツで250万部以上を売り、40カ国以上で翻訳された。

 映画化され、16年に最も優れた作品として国内の賞を受け、日本でもヒットした。ドイツ紙は問うた。「大笑いする人々の頭の中はどうなっているのか」

 トランプの米大統領選出などポピュリズムの台頭や、右傾化する社会を予測したとも評される作品について、49歳のベルメシュがドイツ南部ミュンヘンで語った。

ティム―ル・ベルメシュ(撮影 Frank Bauer、共同)
ティム―ル・ベルメシュ(撮影 Frank Bauer、共同)

 ▽不謹慎?

 笑わせたかったんだ、読者を。そして笑った自分にぞっとしてほしかった。ヒトラーを風刺すると、ドイツでは必ず誰かが言う。「笑っていいのか」。あんな規模の罪を犯したヒトラーは絶対悪の「怪物」で、笑ったり魅力を語ったりするなんて不謹慎だという。

 僕はヒトラーを怪物でも、おバカでもなく、彼自身に極めて近くシリアスに書いた。本の成功は多分、そこにある。僕は大衆紙の記者をした後、B級セレブらのゴーストライターをやったから、他人の頭の中に入る手法に慣れていた。彼の著書「わが闘争」を読めば、自信たっぷりのもの言いは笑えるし、まねしやすいと分かる。当時の人々が魅了された様子を、ヒトラー自身に語らせれば、その陰にいる僕はたたかれない。読者は、僕ではなく彼の目を通して世界を見ているからだ。

 僕のヒトラーは、70年前と同じ発言を繰り返し、反省していない。読者は常に試される。虐殺や戦争につながるこのジョーク、笑える? 賛同する? どこまで付き合うかの選択と責任は読者にある。出版社は当初、400ページ以上もヒトラーの頭の中にいることに、読者は耐えられない、と心配した。でも民主主義の欠点を指摘し、暴力で容易に問題を解決しようとするヒトラーに、多くの読者が「そうだよね」と反応した。人はやすやすと暴力に順応する。

イスラエル人彫刻家、メナシェ・カディシュマンが戦争犠牲者にささげたインスタレーション「落ち葉」。敷き詰められた鉄製の「顔」は1万枚以上あり、その上を歩くと大きな音が室内に反響する=ベルリン・ユダヤ博物館(撮影Hans-Jürgen Burkard、共同)
イスラエル人彫刻家、メナシェ・カディシュマンが戦争犠牲者にささげたインスタレーション「落ち葉」。敷き詰められた鉄製の「顔」は1万枚以上あり、その上を歩くと大きな音が室内に反響する=ベルリン・ユダヤ博物館(撮影Hans-Jürgen Burkard、共同)

▽思考停止

 ヒトラーとナチスは、議論なしに批判する―。戦後ドイツの徹底した方針は、人々の思考停止を招いたと思う。

 僕の故郷ニュルンベルク(戦後の国際法廷などナチスとの関係が深い)には、ナチス時代の巨大な建築物が「負の記念碑」としていくつも残されている。学校ではヒトラーを「手に負えない異常者」と教えられた。時代を記念碑で非難し続け、責任を「怪物」に押しつける。安易だよね。彼は一人であんなことがやれたの? 人々は怪物に投票したのか。違う。

 ヒトラーやナチスに触れる時、僕たちは批判や謝罪の言葉を過剰に並べる安全策を習得した。「反ヒトラー」の原則を疑われないためだ。だが言葉が習慣か儀式のように繰り返されると、人々は意味を考えなくなる。「もううんざり」と感じたり「批判はドイツへの侮辱」などと言う極右に引かれたりする。

 ヒトラーが選出された30年代と現在とは、とても似ている点がある。人々は自分に都合のいい話、信じたい話しか聞こうとしない。あのひどい戦争はスマホがなかった頃のことで、情報があふれる現代ではありえない―なんて説は大人向けのおとぎ話。理解しようとする意志や議論がない状況は危険だ。

ドイツ東部ドレスデンで行われた反イスラム団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」のデモ。近くではPEGIDAに反対する人たちが気勢を上げていた(撮影Hans-Jürgen Burkard、共同)=2016年11月
ドイツ東部ドレスデンで行われた反イスラム団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」のデモ。近くではPEGIDAに反対する人たちが気勢を上げていた(撮影Hans-Jürgen Burkard、共同)=2016年11月

 ▽問題は自分

 ヒトラーはうそをつかなかった。ユダヤ人迫害も戦争も「やる」と言っていた。世界恐慌などで生活が困窮していた人々には、言葉の危険性はどうでもよく、親しみを感じる「誰か違う人」に投票した。大げさな身ぶりの演説を初めは笑っていた市民も、自らを犠牲者だと感じた時、ユダヤ人に責任を転嫁するヒトラーを正当化した。

 多くの人は独裁政権下で「自分は犠牲者になる」と思っているが、たいていは残虐行為を奨励する側になる。今、記念碑建設より重要なのは「あなたが残虐行為に加担するのはどれほど簡単か」を示してみせることだ。

 うれしかったのは、ユーモア大国の英国で「ユーモアのセンスがない」とばかにされてるドイツ人の本が売れたこと。でも笑いが独裁者や全体主義に勝てるか、僕は悲観的だ。ブラックユーモアの効力は短い。もし僕の本に力があるとすれば、読者は笑った後に気付くはずだ。「問題はヒトラーじゃない。自分だ」と。(敬称略、共同通信・舟越美夏)=2017年02月22日

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