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47リポーターズ

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「愉快の実」がなる国  コーヒーと生きる 

2018.3.2 13:52
 
 「あら、いいわね」。コーヒー豆でイヤリングなどのアクセサリーを作る女性グループに話しかける白鳥くるみ(左)。白鳥の支援もあり、品質は向上し売れ行きも伸びている=アディスアベバ(撮影・中野智明、共同)
 「あら、いいわね」。コーヒー豆でイヤリングなどのアクセサリーを作る女性グループに話しかける白鳥くるみ(左)。白鳥の支援もあり、品質は向上し売れ行きも伸びている=アディスアベバ(撮影・中野智明、共同)

 

 森に入った。高さ5~6メートルの木々に囲まれる。小鳥の鳴き声が聞こえるだけの静寂な空間。幾筋かの柔らかな木漏れ日が注ぐ。見上げると、緑の葉の合間に赤い実を見つけた。自生するコーヒーの木だった。

 非政府組織「アフリカ理解プロジェクト」代表の白鳥(しらとり)くるみ(63)は今も、エチオピアで2007年に見た赤い実を鮮明に思い出す。

 ▽消える森

 南西部ジンマから四輪駆動車で山道を揺られた。雨でできたぬかるみに何度も捕まりながら3~4時間かけて、ようやく小さな村に着いた。

アディスアベバ郊外の民家でコーヒーセレモニーに集う女性たち。ゆったりとした時間が流れ、話に花が咲いた(撮影・中野智明、共同)
 アディスアベバ郊外の民家でコーヒーセレモニーに集う女性たち。ゆったりとした時間が流れ、話に花が咲いた(撮影・中野智明、共同)

 村から獣道を歩き、小川を越えて進む。コーヒーの樹海を高台から見下ろすと、緑の一部が欠けていた。

「畑にしてタマネギなどを栽培した方がもうけになる」。そんな考えが住民を森林伐採に向かわせていた。

 森のコーヒーは地元で消費するだけで、十分な利益は出ていなかった。電気はない。はだしの子どもたち。簡素な家。住民は貧しかった。

 「自分たちの財産を分かってない。価値に気づいてほしい」。白鳥は考えた。この国に伝わるコーヒー発祥の伝説を紹介し、人々に関心を持ってもらおう。利益はエチオピアの女性の教育支援に使う。

 自ら筆を執り、挿絵はエチオピア人の画家に依頼、日本語と英語で本を出した。むかし、むかし…。それはヤギ飼いの少年カルディの物語。舞台はコーヒーの語源とも言われるカファという土地だ。

 「森はカルディとヤギのお気に入りの場所です。ヤギが赤い実を食べたようです。ぴょんぴょん跳ねて、楽しげに躍り出しました。カルディも食べると愉快な気分になりました」

 カルディが見つけた赤い実は、やがて世界の人たちに愛されるコーヒーという飲み物になった。

 ▽誇り

 首都アディスアベバは、あちこちでビルや道路の建設が続く。国際空港は日本人をはじめ、多くの外国人であふれる。アフリカ連合の本部もあり、東アフリカ地域の重要拠点の一つだ。

 だが都市部の人口は増加し、貧しい人も多い。周辺に農地が増え、地方では炭やまきをつくるため森が切り開かれている。

 白鳥が初めてコーヒーの森を目にしたころ、国際協力機構(JICA)は森林保護プロジェクトに取り組んでいた。「森のコーヒーを使ってはどうか」。白鳥はJICA関係者に考えを話した。

 村民は実が熟さないうちに摘み取ってしまうこともあった。JICAは、品質管理の方法を教え、森のコーヒーのブランド化を進めた。主に自分たちで飲むためだった豆が、商品になり収入が生まれた。

 森林が失われるペースは鈍化した。JICAの試算によると、03年~16年に1万ヘクタールの伐採を食い止めた。

 白鳥は数年ぶりに、村を訪ねた。活気があふれ、きれいな家も建っていた。「コーヒー発祥の地」の看板も見た。「住民が豊かになり、コーヒーの森に誇りを持ち始めている」。白鳥も自然と笑みがこぼれた。

 ▽母から娘へ

 コーヒーはエチオピアの主要輸出品であると同時に、生活の一部でもある。森や農園で生産される豆の半分は、国内消費ともいわれる。

 アディスアベバ市内のカフェで、手動でコーヒー豆をローストする店員たち。急速な都市化が進む中で、コーヒーセレモニーの伝統を新しいビジネスに生かしている(撮影・中野智明、共同)
 アディスアベバ市内のカフェで、手動でコーヒー豆をローストする店員たち。急速な都市化が進む中で、コーヒーセレモニーの伝統を新しいビジネスに生かしている(撮影・中野智明、共同)

 アディスアベバ郊外の民家。女性たちがコーヒーセレモニーを楽しんでいた。「近所の人を呼んで、毎日のようにやっているわ」。ツィゲ・アイエレ(42)が笑った。伝統的なもてなしの習慣は、母から娘に受け継がれる。

 小さなフライパンのような器具で、薄い黄色の豆を丁寧にかき混ぜながら、時間をかけてじっくり炭火でいる。豆が焦げ始めると、こうばしい香りがふわりと広がり、鼻の奥をくすぐる。

 玄関から部屋へと、床に植物の葉が敷かれていた。すがすがしい屋外をイメージしているとも、「平和」を意味するともいわれる。エチオピアは多民族国家。コーヒーを飲みながら話し合うことで相互に理解し、もめ事を避けたい。そんな思いも込められているのかもしれない。

地図
             地図

 コーヒーは3杯振る舞われる。それぞれが「健康」「愛」「恩恵」を意味するという。1杯1杯に人生の喜びを注ぐ。最初の力強い苦さが、淡くまろやかな風味に変化してゆく。

 セレモニーは1時間以上続く。「息抜きになるし楽しい」とツィゲ。生活情報を交換する「井戸端会議」の役割も果たしている。

 エチオピアでも携帯電話やインターネットが普及する。しかしツィゲの娘ゲリラ・メスフィン(16)は言う。「コーヒーセレモニーで地域のつながりが強くなっている」。ネットにはない安息の香り。はにかむ娘をツィゲが見つめた。(敬称略、共同通信・岡田隆司)

◎エピローグ/新しいスタイル 

エチオピアは近年、国内総生産(GDP)の高い成長率を記録する一方、首都アディスアベバでは郊外のゆったりした雰囲気と比べ、あくせくした印象も受ける。

 1時間以上もかけて楽しむコーヒーセレモニーの文化が、失われてしまうのではないか。そんな気さえする。

 カフェに入った。コーヒーセレモニーのように、豆を店内でいるのが特徴の一つ。パチパチという音が耳に心地よい。外にまで、良い香りが漂っている。

 都心で忙しく生活する人々が、故郷にいるような気分で、懐かしく一息つける場所―。新しいスタイルのコーヒーセレモニーなのかもしれない。

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