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だめ男、脱力のチカラ    ユーモアで日中の壁崩す

2018.2.27 13:33
中国・上海の自宅でインターネット動画のライブ中継をする山下智博(中央)(撮影・福原健三郎、共同)
 中国・上海の自宅でインターネット動画のライブ中継をする山下智博(中央)(撮影・福原健三郎、共同)

 

 インターネット動画の総再生回数10億回―。美貌やユーモアを武器に稼ぐ中国のネットアイドル「網紅」(ワンホン)の世界で、絶大な支持を受ける日本人がいる。 

 自虐的な笑いで中国の若者のハートをつかんだ山下智博(32)。「笑いで世の中が少しでも変わるんじゃないかって、信じてるんです」。動画ではめったに見せない真剣な表情で語った。

 札幌市教育文化会館で芸術イベントを担当するかたわら、路上の集団パフォーマンスを企画するなどしていた。初めて中国に来たのは2010年12月。休暇をとって芸術家支援プログラムに参加し、上海で1カ月過ごした。

 経済急成長のまっただ中で、社会がどんどん変わっていくのを肌で感じた。「中国はこれから文化・娯楽産業が伸びる」。就職から4年がたち日本での活動に限界を感じ始めていた。12年8月、「一番日本が嫌われている国で、どこまでやれるか挑戦したい」と、何も決めずに上海に渡った。

 だが直後の9月、尖閣諸島の国有化問題で日中関係は最悪に。「ストレスがかかれば『抑圧からの解放』を目指し、新たな創造力が生まれる」。表現者魂が刺激された。

中国のネットアイドル「網紅」(ワンホン)が登場するサイト(撮影・山内大輝、共同)
 中国のネットアイドル「網紅」(ワンホン)が登場するサイト(撮影・山内大輝、共同)

 ▽出会い 

 語学学校に通いながら、中国社会の観察を続けた。ある日、アダルトグッズを扱う店でダッチワイフの在庫の山を見る。この頃、学歴やコネが就職で幅を利かせる中国の強烈な競争社会で、自らを「負け犬」と卑下する若い男性が急増。粗末に扱われるダッチワイフと「負け犬」が、山下の中でつながった。

 13年、日本からやって来た「だめ男の山下」とダッチワイフ「ウェイウェイ」の疑似恋愛をネタにした動画を公開する。学歴がなくても、一つのことを突き詰めて前に進めば道が開ける。そんなメッセージも込めた。

 「日本から本物のヘンタイが来た~」「こんなバカな日本人なら大歓迎」。批判されるかと不安だったが、人気は急上昇した。翌年には中国の大手動画配信サイトでドラマ化まで実現する。

 「中国人の日本に対する考えを変えたいと思っていたら、逆に自分の中国人に対するイメージがひっくり返った」と山下。日本の漫画・アニメ文化に浸って育った若者は、山下の古い中国人像とは懸け離れていた。

 その後はとんとん拍子で活動を拡大。仲間と毎日お笑い動画を制作し、動画界のスターダムへ一気に駆け上った。日本風のコントのほか、日中の文化や習慣の違いを、面白おかしく紹介したりもする。

 影響力の大きさに目を付けた日中の企業から、商品宣伝の依頼が次々と舞い込むようになった。

 ▽現実逃避

 有名なワンホンになれば数億円も稼げる中国では、ワンホンを目指す若者が後を絶たない。

 「胸が大きいね。サイズは?」「Bカップよ。大きさは重要じゃないわ」

北京で開かれたイベントで、山下智博のサイン入りポスターを手にする女性ファン(撮影・山内大輝、共同)
 北京で開かれたイベントで、山下智博のサイン入りポスターを手にする女性ファン(撮影・山内大輝、共同)

 チャット機能付き動画中継でファンとたわいもない会話を続ける章晶(23)=仮名。美貌を売りにする章は、話題は特に決めず、チャットで質問に答えたり、世間話に興じたりして、毎日夕方の数時間、ワンホン稼業に精を出す。

 山下と異なり、章の主な収入源はファンからの“プレゼント”だ。「プレゼントちょうだいよ」。章が甘い声で訴えると、ファンは章の気を引こうと、キスマークやスポーツカーのプレゼントを画面上で贈る。

 スポーツカーの場合、ファンは動画の運営会社に888元(約1万5千円)を支払い、一部が章の手に入る。時には高利回りの財テク商品の宣伝もする。いかにファンから好かれるかが、収入に直結する。

 プレゼントに大金を支払う理由をファンの男性(38)に聞くと、「章を好きだから」と答えた。付き合っている彼女はいない。「毎日、章の中継で癒やされている。ネットなら『好き』と言っても恥ずかしくない」。現実社会で女性にもてない男性が、一時の夢に浸る場をワンホンが提供している。

「ある種の現実逃避かもね」。章は冷静だ。

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 ▽本当の日本人

 10月上旬、北京で開かれた人気ワンホンらのサイン会。一番長い約400人の行列の先で、山下が丁寧にサインに応じていた。
 山下は声高に友好を叫んだりはしない。「面白いものを見たら、怒るのがばかばかしくなりませんか。笑いで日中のいら立った感情が脱力し、理性的になることもできるんじゃないかな」

 2時間待ちのファンたちは「ユーモアのセンスが好き」「テレビが伝えない日本人の本当の姿が分かる」と、口々に山下の動画の魅力を語った。

 天津市から来た高校2年の孟夢(17)は「彼は日本の印象を変えた。両国の感情的な対立を和らげる力があると思う」と語った。山下の思いはゆっくりだが、確実に浸透しつつある。(敬称略、共同通信・一井源太郎)

 ◎エピローグ/素直な目線

 中国の海洋進出や歴史問題など、日中には常に潜在的な不安定要素が付きまとう。

 共産党が全てを握る中国では、民間人ができることには確かに限りはある。それでも山下のような存在によって、冷静に日本を見る層が増えていることに希望を覚えた。

 逆に日本人の中国を見る視線はどうだろうか。固定観念に縛られていないか。山下が受け入れられたのは、偏見を排し素直な目線で中国人と向き合ったからだと感じた。

 普段どんなに夫婦仲が悪くても、爆笑コメディーを見た後、けんかをするのはちょっと難しい。国際関係がそんなに簡単じゃないことは分かっているが…。

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