「天に昇るような気持ち」 処刑の日々、少年兵の初恋

1975年4月。急進的なカンボジア共産党ポル・ポト派が、米国が支援する政権を打倒したのは、ソパ(仮名)が7歳の時だった。私有財産や階級社会を否定するポト派は、農民を主体とする新たな国の建設を目指し、都市住民を農村に強制移住させ働かせた。敵とみなす者は処刑し、病気や飢餓で多数が死に追いやられた。
ソパは少年兵となり、ベトナム軍の侵攻でポト政権が崩壊した後も闘い続けた。ポト派が99年に消滅すると西部パイリンで、元最高指導者ヌオン・チアらの身辺の世話や地雷除去に従事した。
元指導者に約200万人の死の責任を問う特別法廷が終盤を迎える今、49歳になったソパは過去を語り始めた。
▽オンカーの子
10歳の時、初めて人を処刑した。後ろ手に縛った「敵のスパイ」の男10人を僕ら6人で森に連れて行った。40歳くらいの男が無言で僕を見た。怖くはなかった。後ろから銃殺した。
僕は西部バタンバン州の村で生まれ、両親と一つ違いの兄と暮らしていた。ポト派が政権を取る前から支配していた地域だ。ポト派政権になって2年ほどたった時、親と離され少年団での生活を命じられた。
「オンカーの子」として国を愛し、集団の規律を守る―。厳しく教えられた。オンカーとは偉い指導者のことだろうと思ったが、一体誰なのか、知っている人はいなかった。

太陽が空のてっぺんに来るころに「気を付け」の姿勢で「イチ・ニ・サン…」と、みんなで百まで叫ぶのが日課だった。間もなく兵士になるよう命じられた。兵士はご飯がたくさん食べられるし銃を持てる。みんながなりたがった。
重要なのは「敵を抹殺する」こと。敵とは、カンボジアを支配しようとする隣国のベトナム人、米国の中央情報局(CIA)など外国のスパイ、腐った思想に犯された前政権のやつらだ。
楽しくなんかないけど、悲しくもない。頭を空っぽにして撃つ。ダダダダッ。銃声を消すためトラックのエンジンをふかし続けた。純粋なカンボジア人の独立国をつくるためだった。後悔はしていない。
僕の部隊は、北西部で数千人の敵を処刑した。大きな穴を掘り、その前に順番に立たせる。敵は「根絶やしにする」のがオンカーの方針だから、女や子どもも、だ。穴に積み重なる死体を見て、気を失ったり泣きだしたりするやつもいた。
▽人を愛する
うれしかったこと? あったよ。長ズボンと長袖シャツをもらった時だ。短いものしか持ってなかったから、いつも欲しかった。79年1月、ベトナム軍の侵攻で政権が崩壊し、タイ国境近くの森まで逃げる途中、中国製のものを渡された。11歳になったばかりだった。
僕らは森を拠点に、ベトナムとかいらい政権の軍と戦い続けた。10年近くたち、和平に向けた会議がジャカルタで開かれたころ、首都偵察を先輩と命じられた。
驚いた。森で闘っている間に、街はきれいに整備されていた。先輩に連れられ、ある家に行った。女の子が次々とあいさつに来る。娘がたくさんいる家なんだな、と思っていたら「女を選べ」と言われた。売春宿だった。
初めての体験だ。戸惑いながら指さした女の子に部屋に案内され、彼女が水浴びをしている間、ベッドに横になり両手で胸を抱えて震えていた。「大丈夫よ。あなたも水浴びをして」。胸まで布を巻いた彼女がそばに来て笑った。
腰までの黒髪と明るい肌。初めて恋をした。オンカーは人を愛することは教えてくれなかったけど、天に昇るような気持ちなんだね。朝まで愛し合った。二人で笑いながら水浴びをし、キスをしてまた抱き合った。
▽森の歌声
森に戻ると、仲間にこう言われた。「あそこの女たちはベトナム人だ」。なんてことだ、結婚したかったのに敵だったなんて。二度とそこには行かなかったけど、彼女のことは忘れられない。
90年代終わりごろ、生まれ育った村に行ったら母さんがいた。20年ぶりの再会に母さんは泣いた。僕は泣かなかったけど、父さんが病死したと知り、寂しかったな。いつも膝の上で抱き締めてくれたから。少年団に入る前、配給がわずかで空腹でたまらなかった日、父さんが危険を冒して米を盗んできた。他の人に見つからないように夜、暗闇の中で家族で食べた。父さんが誇らしくてうれしくて、幸せだった。

こうしてみると悲しい話ばかりだな。「カンボジア人であることは誇り」なんて歌があるけど、現実は違うよね。でも話したいことがたくさんある。ヌオン・チアが特別法廷に逮捕されパイリンを去る時、高らかに笑ったこととか、僕たちが森でどう闘ったかとか。森で歌うと、声は木に反響するんだよ。(敬称略、共同通信・舟越美夏)
◎エピローグ「闇の奥」
オンカーとはカンボジア語で「組織」の意だ。ポル・ポト時代は、指導者の名は秘密だった。
「汚れた思想に侵されていない」子どもは、新しい国の建設に重要な存在だった。オンカーの教育には「個人的な愛情の否定」も含まれていたが、ソパの柔らかな感性は消されなかった。
ソパは朗らかだ。知り合った16年前も、結婚して父親となった今もそれは変わらない。兵士仲間とは時折、食事を共にし「楽しい思い出話」にふける。特別法廷の拘置所にいるヌオン・チアを「おじさん」と呼び、今も尊敬している。
だが「国のための正義」を理由に、処刑役を担わされた過去を本当はどう感じているのか。心の闇の奥深くに入ることは、まだできていない。