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47リポーターズ

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「原発アナーキズム」?

2012.3.19 13:44 共同通信

▽「原発アナーキズム」?

 前回書いたことが誤解を招いたのではないかと、いささか気になっている。原発事故以後、放射能汚染を心配する人たちが、被災地からだけでなく、首都圏から九州や沖縄などへ、さらには日本から国外へ、避難・移住した。そのこと自体は個人の自由だが、やや非科学的な過剰反応のような気がずっとしていた。その人たちが中心になっているといわれる、現在の震災がれき受け入れ反対運動にも、納得しきれない気持ちがあるのはいまも変わらない。

 しかし、彼らの反対の理由は、非科学的と簡単に片付けられないのではないかと思い始めた。さらに、彼らの心情の根底に、政府や東電、メスメディアに対する決定的な不信感が存在していることを考える必要がある。

 最近になって、事故発生直後の政府中枢の対応が次々明らかになっている。それを見ただけでも「正確な情報を収集し、それを敏速に分析して、的確に対応する」という基本的なことが完全に抜け落ちていたことが分かる。そのうろたえぶりは、160年近く前、アメリカのペリー艦隊が初めて日本に来たときの江戸幕府の反応とほとんど変わらない。「日本の官僚は優秀だ」と言われてきたが、今回の経産省、文科省、環境省などの動きを考えれば「どこが優秀なのか」と聞き返したくなる。

 マスメディアも同様だ。たしかに、地震・津波の被災地現場で記者・カメラマンたちがふんばり、事実を人々に伝える役割を果たしたことは認めるし、評価する。しかしその一方、原発事故で政府や東電の説明に乗っかって「たいしたことはない」と言い続け、結果として報道に対する信頼性を失ったことは否定できないだろう。私も、いろいろな会合で批判を受けた。しかし、メディア内部では、そのことを指摘する声は極端に小さい。

 そんな中で、原発事故で「誰を信じていいのか」「何も信用できない」と思い詰めた人たちが出てくるのは当然とさえいえる。私に言わせれば「原発アナーキズム」とでもいうべき思考が、社会に薄く広く蔓延し始めている。そうした考えが今後、どんな方向に行くのか。それにどう対応すればいいのか―。「国民同士の絆で解決」「被災地の痛みを分かち合うのは当然」といった、大多数の論理をふりかざすだけでは、そうした課題を受け止めて考えることはできない。私にはそう思える。(2012年3月19日 47NEWS編集部 小池新)

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