×
メニュー 閉じる メニュー

ある演出家の死

2014.12.16 11:34 共同通信

▽ある演出家の死

 11月、ファッションショーの演出家、木村茂さんが逝った。業界にふさわしく、華やかな人だった。担当時代は先生であり、兄貴のようでもあり…。あのころは、六本木の夜をしばしば共有させてもらった。

 十数年前にさかのぼる。還暦を祝うパーティーが東京・新宿の「パークハイアット東京」で開かれた。海外スターが定宿にする高級ホテルの39階「ボールルーム」。多くの著名人も駆けつけた。派手な催しにも慣れっこになっていたが、この会は別格だった。

 パリコレでも活躍したモデルの秀香さん。マリリン・モンローがケネディ大統領に歌った、あのなまめかしい調子で「ハッピーバースデー」を披露。旧友の歌手雪村いづみさんが「青いカナリア」でトリを務めた。

 ファッションの世界では珍しくはないが、彼もまた、「お姉さん」だった。祝宴の終わり、ウエディングドレス姿でイケメン5人を従えるという演出で大いに沸かせた。

 大学在学中から、雑誌「女性自身」のファッションページで編集アシスタントを務めるようになり、スタイリストもこなした。卒業して1年後、スタイリストとして独立。演出家デビューを果たしたのは1960年代後半だった。

 鳥居ユキさんや島田順子さん、ニコルの松田光弘さんら、日本のモードを引っ張ったデザイナーがショーを始めるようになった時代。まだ専門家不在で、テレビや舞台の演出家が兼ねていた。モデルが5人ほどのアットホームなショーだったというが、彼が道をつけたといえる。

 70年代は全国を飛び回る。80年代半ばに始まる東京コレクションでは、1シーズンに20本超ものショーを抱える売れっ子に。ソニア・リキエル、ヴィヴィアン・ウエストウッドら時代を彩ったデザイナーが来日した際にも声が掛かったほどだ。

 鳥居ユキさんとは特に密だった。パリコレの演出も当初から。30周年を迎えた記念ショーの際、取材した。アトリエでデザイナーと二人、洋服を合わせながら、ふさわしいモデルを選んでいく。その数は約60人。

 「音楽もそうだけど、何から何までする人だった。演出家としては希有なタイプ。ファッションが本当に好きだったのよね」と鳥居さん。

 3月のパリ、同志のようだった二人の成果が冷気を熱気に変えた。中心部「ギャルリ・ビビエンヌ」と呼ばれるパサージュ(アーケード)。新作をまとったモデルが次々登場すると、喝采が会場を包んだ。

 惜別の夜はアルマーニの紺のジャケットにストールという装い。柩の上には、皇后さまの帽子も制作した帽子デザイナー平田暁夫さんの黒のハットが添えられていた。

 最後までおしゃれだったシゲルさん、さようなら。

 (2014年12月16日 47NEWS 三枝)

関連記事 一覧へ