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47リポーターズ

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第三者委は義務を果たしたか 三たび三浦九段冤罪事件について

2017.1.20 18:56 共同通信
記者会見で辞任を表明し、厳しい表情を見せる日本将棋連盟の谷川浩司会長=18日午後、東京都渋谷区
記者会見で辞任を表明し、厳しい表情を見せる日本将棋連盟の谷川浩司会長=18日午後、東京都渋谷区

 大学では法律を学んだ。あまり真面目な学生だったとはいえないが、法的な考え方の根幹には触れることができた。例えば、法的な結論は必ず健全な常識に一致する。いや一致させなければならない。「もし君たちが法律家となり、法的に考えた結果が普通の人の常識とずれているなら、君たちは法匪(ほうひ)となっている可能性がある」。教授はそう言った。「法匪」とは、法的な知識を悪用する者というほどの意味だ。

 将棋・三浦弘行九段のソフト使用冤罪(えんざい)事件は、とうとう将棋連盟の谷川浩司会長の辞任表明という事態に至った。そこには第三者調査委員会の結論が深く絡んでいる。第三者委の報告は、過去における過ちをただし、将来に向けて被害者の救済と組織の信頼回復を図る原点となるはずだった。だが、法的理論を駆使して導いたねじれた結論が、かえって信頼回復の妨げになっているように見える。

 繰り返すが、疑惑は根拠のないものであった。一点の曇りもない無罪であった。疑惑なきところに科された処分は、理不尽の一語に尽きる。当然の帰結として、処分は「取り消し」または「撤回」して、無効化するべきだろう。そうでなければ、将棋連盟は故なく棋士に不利益処分を科しても、正当だと言い張る団体ということになる。連盟がそれほど反社会的な団体だとは思いたくない。

 だが、第三者委はこの常識的な判断に反して、処分は「やむを得なかった」とし、妥当性を認めた。前回「アクロバティック」といったのは、この常識外の結論を導く論理に対してであった。遅きに失したと思うが、ようやく報告書の概要版が公表されたので、少し詳しく検討する。面倒な抽象語が出てくるが、我慢してお付き合いいただきたい。

 第三者委は、処分の妥当性の判断基準として①処分の必要性の有無・程度②緊急性③内容の相当性④処分される棋士個人の利益に対する制約の程度⑤制約の許容性⑥棋士の帰責性-などを列挙する。そして①②はまとめて「高い必要性・緊急性があった」とする。その論拠として、説得的とは思えない四つの事情を上げるが、本稿では立ち入らない。③についても「(出場停止の)期間および内容ともに相当な判断であった」と肯定した。これにも根本的な疑問があるが、ここでは触れない。

 そして不思議なことに、それに続くのは「その他の事情」である。第三者委自身の示した基準に従えば、本来④出場停止による三浦九段の不利益はどれほどのものだったのか⑤そのような処分が許されるのか⑥三浦九段にどういう落ち度があったのか-という点を突っ込んで検討することになるはずだが、そうはなっていない。

 「その他の事情」では、三浦九段の逸失利益の大きさを述べる一方、出場停止が解ければまた出られるのであり「棋士としての地位を奪うほど重いものとまではいえない」と処分の軽さを言いつのる。さらには、他の棋士に不信感を抱かせた三浦九段にも「反省すべき点がないわけではない」とまで書き込む。三浦九段に帰責事由があったと言わんばかりである。完全無罪と判明したのに、このような文言を付加することは、さらなる名誉毀損(きそん)に当たる可能性がある。

 第三者委は組織の論理を優先し、三浦九段の不利益、とりわけ内面の苦しみを全く顧慮していない。前回の記事「三浦九段は何を失ったのか」で、門外漢ながら彼の苦悩について想像したのは、それなしにこの事態について語ることは許されないと思ったからだ。

 法律学の考え方として学んだもう一つの根本は、必ずメリットとデメリットを測りにかけ、対立当事者がいるなら、双方の事情をできるだけ客観的に考慮するということだった。「比較衡量」と呼ぶ作業である。正義の女神は片手にてんびんを、もう一方の手に剣を持つ。将棋連盟の立場だけをはかりにかければ、てんびんはそちらに傾く。それは法律家の取るべき態度ではない。

 法的には、連盟側が処分を決める過程で、全くデュープロセス(適正手続き)を欠いていたことも、第三者委として指摘すべきだった。また、無罪の可能性が高いと分かった時点で(確定した時点ではない)、人権を何より大切にすべき法律家であってみれば、人権救済のために直ちにその事実を公表し、連盟に処分の解除を求めるべきだった。

 将棋連盟は処分が妥当だったという前提を崩していない。それは謝罪の不十分さと三浦九段救済の不徹底さを招いている。基本の構造が「連盟も、疑惑を指摘した棋士も悪くない」のであるから、本来、謝る必要すらないということになる。会長辞任の理由の第1は、記者会見のやりとりによれば「体調不良」だという。疑惑を訴えた人たちは、三浦九段に直接謝罪したのだろうか。混乱の帰責事由は、この人たちにこそあるというのは、極めて常識的な見方だと思うが。

 連盟は今からでも、文字通り原点に立ち返り、処分を取り消すべきである。それなくして信頼回復はあり得ない。一部報道によれば、内部から三浦九段に対する救済措置が「厚遇すぎる」という声があるというが、処分が無効であることを前提にすれば、そうした議論が不当であることは明らかだ。三浦九段が望むように、可能な限り原状に戻さなければならない。そのための具体策については連盟の健全な良識に期待したい。  (47NEWS編集部、共同通信編集委員 佐々木央)

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