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47リポーターズ

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「のら猫探偵」築地市場をゆく(後編)

2016.9.12 15:48

 謎の築地案内人・溝呂木の後についてターレーを気にしながら、市場橋門をくぐる私。
 いよいよ築地市場場内へ。


 すると、飲食店が軒を連ねる横丁がみえてくる。
 客の大半は海外からの観光客。
 自撮り棒片手に店の軒先で写真を撮っている。


 時折市場で働くひとびとが小さな喫茶店で一服している姿がみえる。
 「魚がし横丁」と名付けられたその横丁筋には、たくさんの小さな飲食店や調理関連の小物を売る小売店がひしめき合って並んでいた。


 「私がよく行く沖縄の牧志公設市場よりも敷地が広大! 飲食店のそれぞれは小さいけれど、どれも美味しそうで活気がありますね!」
 初めてみる朝の場内市場を目の当たりに興奮していると、溝呂木が人差し指を唇にあて、目を丸くさせながらこうつぶやいた。
 「お嬢さん、ここは大東京の胃袋ですよ」


 「ごめんなさーい。なんかつい比べちゃった!」。舌をぺろっと出しながら他の店をキョロキョロ見ていると、またターレーにぶつかりそうになり、河岸の男にギロリと睨まれた。
 「ごらんなさい、気をつけないと本当に痛い目に遭いますよ」
 溝呂木に叱られながらも、しおしおとついてゆく私。


 「さあ、こちらは有名な寿司屋。あそこは穴子が有名。あっちは早朝からやっている小さな喫茶店。とんかつはここ。日本橋時代からのカレー屋。そういえば、吉野家の一号店は築地だということはご存知でしたかね?」


 「いえ、知りませんでした。そうか、築地市場の食べ物はまさにそういった丼物やサンドイッチなど作業の片手間に食べるようなファストフードが多いわけですね」
 「さよう。牛丼とカレーの〝あいがけ〟などというものもここ築地からはじまったようなものです」


 「ちょっとあれをごらんなさい」
 立ち止まった溝呂木が指差す方へ視線をやると、緑の公衆電話が2台設置されているのが見える。
 「あれはおそらく、昔の名残り。つまり当時、電話などがなかった時の通信場所ではなかろうかと。そして荷物の集配場所も」


 近くでよく見てみると、印紙や切手、宅配便、手荷物預かりまで承っている店だった。ちょっと昔の国鉄時代の駅構内や中国の街角を思い出すような佇まいだった。


 確か築地市場場内には大昔、汐留駅から分岐した〝東京市場駅〟という駅があって、貨物車が入って積荷していたという話は聞いたことがある。


 市場内にあるカーブに沿ってレールがあったことも。そのうちトラックが流通するようになり、貨物車の出入りも駅もなくなったというが、その痕跡をみることはできなかった。
 なぜなら、市場内に入るのは10時過ぎ。
 10時まであと2時間も時間を潰さなければならなかった。


 台風の合間の晴天。
 高温多湿の中、1時間も歩いていると、汗が吹き出て喉が渇く。


 そんな最中、魚がし横丁の道端に座り込んでいる大勢の外国人が気になった。溝呂木が流暢な中国語でなぜ座っているのかと問いかけると、角向こうの人気の寿司店に並んでいるのだと、中国娘たちは笑顔で答えた。


 大行列の人気の寿司店よりも、私は「塩サイダー冷えてます」の看板に目を奪われた。
 その横をビュンビュン通り過ぎるターレーたち。
 くわえタバコで。
 串焼き鳥片手に。
 缶コーヒー片手に。
 ターレーに乗った男たちは、風を切って颯爽と走りすぎてゆく。


 そのターレーの勢いにのって、コバンザメのみたいにその後ろにつくチャリンコ爺さん。
 青果市場まで行って大八車の群れを眺めたりもしたが、私はとにかくターレーばかりに目を奪われた。
 気づくと私はターレーの写真ばかり撮っていた。


 やがて、人の乗っていないターレーを見つけては、するりとのら猫の足取りであの先頭に乗って「男たちさながら、風を切って走り抜けてみたい!」という衝動に駆られるほど。
 私のターレー熱は酷暑の中、みるみる過熱していった。


 ターレーとは「ターレット・トラック」の略称だそうだ。
 円筒形のボディーに荷台がついている貨物車で、円筒形の動力部を回転させながら操舵するらしい。
 小回りが利くので、狭い場所に適している。小型特殊自動車で、登録すれば公道も走行可能。築地市場には2000台くらいあるようだ。実際、場外でもターレーは見られる。


 私は溝呂木に、ターレーが一番気に入ったと告げると、面白い話を教えてくれた。
 「そのターレーですが。聞くところによると、豊洲移転の際、全ターレーをトラックに積んで移動させる予定が、なんでも一列に群れをなして、環状二号線の約2・3キロの道程を自走させるという大計画があるようです。あくまでも、豊洲移転決行、そして二号線が開通していればの話ですがね」


 後藤新平の夢、幻の環状二号線を大移動するターレーの群れ。
 築地大橋や豊洲大橋を渡りながら夜中に大移動するターレー。
 私は、ムカデ競争のように一台ずつ繋がって整列して走ってゆくターレーたちの雄姿を想像する。


 その姿、是非見てみたいじゃないか。
 その際は、ロジャー・コーマン監督、あるいはトラック野郎シリーズの鈴木則文監督ばりの誰か映画監督に、その決定的瞬間の映像を撮ってほしいと願う。


 『ターレー・ダビッドソン軍団☆豊洲市場大移動!』
 果たしてそれは一体いつになることだろう。


 そんなターレーに後ろ髪引かれながら、私は案内人の溝呂木と別れ、ジリジリと〝熱い〟築地市場を、のらりと後にした。

緑電話とカラフルな長靴の男たち 走るターレー ターレーのハンドルを手にご満悦な私
緑電話とカラフルな長靴の男たち 走るターレー ターレーのハンドルを手にご満悦な私