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47リポーターズ

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「のら猫探偵」築地市場をゆく(前編)

2016.9.9 17:04

 「その国を知りたかったら、市場へ行け」
 確か、作家・開高健の言葉だったと思う。 
 私は10代の頃から、知らない土地へ行くたびに地図を広げ、市場があれば必ず訪れた。


 1980年代に訪れたニューヨークのフルトンフィッシュマーケット。
 ブルックリン橋の袂にあるその魚市場。
 霧が立ち込める夜更け前、活気溢れる市場の裏手に、ドラム缶の焚き火がメラメラと大きな炎を上げていた。


 その炎の周りで暖をとっている数名の男たち。


 外套の襟を立て何やら密談でもしているような、みるからに怪しげな風貌の面々。なにか大ネタをつかんだ探偵の振りでもして、物陰に隠れ身構えながらその様子を観察するなぜかチャイナ服の私。そんな映画のワンシーンのような情景に遭遇。

 当時のフルトンフィッシュマーケットは、そんな怪しげな雰囲気を醸し出す場所にあった。いまは移転したようだが。

 移転といえば、移転問題で世間を騒がせている日本のフィッシュマーケット。
 「築地市場」は、世界最大のフィッシュマーケットだと聞く。
 そしてふと気付いたのだが、私は築地市場に行った〝記憶〟がない。
 記憶がないというだけで、実際はちゃんと行っている。
 夜を徹して愉快な仲間たちと飲み歩き酔っ払っていたからだ、と一応記憶はしている。 


 私が20代の頃だから、酔いつぶれてもまだ可愛げがあった頃。
 築地場内にある、男たちの馴染みの寿司屋。
 ビールで喉を潤し、寿司で腹を満たす男たち。
 その傍らでへらへらと酔いつぶれていたであろう私。 
 酒場の暗がりに慣れた瞳には、場内の店の明かりがやけに眩しい。
 そんな断片的な記憶しか残っていない。 


 築地市場の歴史は関東大震災後からはじまる。
 そもそも、日本橋にあった魚河岸が震災で崩れ、芝浦埋立地を経て、海軍省用地の築地に移転。
 私は、帝都復興計画の構想を立案した、かの後藤新平を思い出さずにはいられなかった。


 本来ならば秋には豊洲へ移転のはずだが、この移転問題どうなることやら。
 早速移転前に築地フィッシュマーケット探検へ出かけた。


 築地市場に詳しい人物を探していると、溝呂木と名乗る謎の男を紹介された。
 溝呂木といえば、『殺人狂時代』(1967年 岡本喜八監督)の天本英世が演じた溝呂木省吾博士しか心当たりのない私。

 「お嬢さん、築地の案内はこの溝呂木に是非おまかせを。あそこの鼠どもは私の研究室の生まれでね、隅々まで知り尽くしておるのだよ。じゃ、午前3時、東京港区Xポイントで」

 謎の男・溝呂木は、奇遇にも天本英世演ずる溝呂木省吾博士のしゃべり口調そっくりだったので、思わず楽しくなってしまい意気投合。築地案内を任せてみた。

 待ち合わせ当日。
 案の定午前3時には起きられず、午前7時に、待ち合わせの港区Xポイントへ。
 溝呂木を乗せ、私は車を築地へ走らせた。


 「お嬢さん、築地市場へは、新虎通りをまっすぐ行ってください」
 「はい。ここもいつになったら開通するんですかね。環状2号線は築地豊洲移転に、影響があるんじゃないんですか?」
 「お嬢さん、本来この道路はあの後藤新平の、帝都復活計画の、」
 「そう! マッカーサー通りというよりも後藤新平通りと呼ぶべきじゃないかと、開通を知った時に思いましたもの」
 「この道もさっさと繋がれば流通の動線もよくなることでしょうが、まあ、あのマダム・百合子が……」と、お喋りをしている間に、築地市場へ到着。


 場内と場外の狭間にある駐車場に車を止め、築地市場内へ潜入。
 そこで早速、ヒューンと勢いよく突進してくる円筒形のフロントフェイスの不思議な荷台車と何台もすれ違う。
 その不思議な車になぜか魅了される私。


 「あー、あれなに? 超かっこいい! あれって何ていうんですか?」
 すると溝呂木は慌てて私の腕を掴み、耳打ちするのだった。
 「いいかね、お嬢さん。あれはターレーといって、築地市場内で最も偉い乗り物であり、この場内ではあのターレーが絶対優先なのです。それはわたしたち〝ひと〟よりもです。我々は無条件にあのターレーに道を譲らなければならないのです。いいですか」


 そんな案内役・溝呂木の後をのら猫の足取りでついてゆく私であった。


 つづく

食欲をそそる「とんかつ屋」の看板 貨物車・ターレーに夢中な「のら猫探偵」
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