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47リポーターズ

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海水浴と治療法(前編)

2016.7.20 11:06

 土曜の丑の日が近くなる頃、なぜか海水浴に行きたくなる。
 海水浴。なんと素敵な響きだろう。
 海の水を浴びる、なんて。

 幼い頃よく泳いだ伊豆や湘南の海水浴場。
 砂まみれの海の家。
 ぬるいラーメンと舌が緑色になるかき氷。


 子どもの頃、なんとなくあの海の家が怖くて苦手だった。
 肩に綺麗な模様の入ったサングラスのお兄さんの傍で、薄衣を纏った赤い爪のオネエチャンが艶かしく手招きする。
 そんな記憶の断片が脳裏に残るあの場所。


 少女の私にとって、あの艶かしい手招きとケバい化粧は、天女の如く誘惑的だった。
 それはまるで、当時よく観に行ったよみうりランドの「水中バレエ劇場」の羽衣を纏った天女みたいだった。


 貸しパラソルの下で浮き輪に座る私は、ネエチャンの誘惑を背中で受けながら、握り飯片手にじっと海を見つめる。
 海水の潮の香りがついた手で、母がこさえてくれたふやけた海苔の握り飯を食らうと、父の指令の下、とことん泳がされた。


 溺れそうになっている私の視線の先に、さっきの天女の誘惑のネエチャンが水浴びをしている姿。あのネエチャンのところまで行けば助かる!
 一目散で泳ぎたどり着いた浜辺に、ネエチャンの姿はもういない。
 ぐったり疲れ果てたところへ、今度はまだ泳げない幼い弟相手に退屈な砂風呂遊びをさせられる私。
 

 あの頃はそんな時代だったのかもしれない。
 姉は下の子の面倒をみる。父親のスパルタ教育は今でいえばDVだのなんだのと言われそうだが、そのおかげで泳ぎは得意になったし、海水浴も大好き。
 
 
 ただ、海水浴場ではない場所で泳ぐのには、いささか抵抗があった。
 それも、沖縄のイチャンダビーチ(誰もいないビーチの意味)との出会いで払拭される。大人になってからも、ひとは学び、成長するものだ。
 目の前に気持ちよさそうな海があれば、艶かしく誘う天女に会えるのならば、私はいつだって泳ぎたいと思うようになったのだから。 


 そんな私に、悪報が届く。
 今年の6月からいきなり左脚が極度に浮腫みだした。
 血栓の心配もあり、担当医から紹介されたクリニックを受診。
 検査をした結果、血栓の心配はなかったが、リンパ浮腫だと診断された。


 リンパ浮腫とは、がん治療で、手術でリンパ節を切除したり、或いは放射線治療によってリンパの流れが停滞したりすることで、生涯にわたり手足に浮腫みを発症することを「リンパ浮腫」という。
 乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がん、皮膚がんなどの治療による後遺症の一つ。がん患者がみんな発症するわけでもないが、一度発症すると治りにくく、重症になると生活に支障を来すとも言われている。


 私は、なんとかここまで頑張ったけれど、術後に担当医や放射線医師からも10年後に発症する人もいる、と予告されていた患者のひとりになったわけだ。 
 しかも一度切除したリンパ節は残念ながら再生しない。
 

 そんな、予告されていた患者の記録も蘇る。
 そして、クリニックの医師がとても丁寧に説明をしてくださったので、患者として受け入れる気持ちにも翳りはなく、むしろ浮腫の原因や今後の処置がわかっただけでも、明るい晴れ間がさしたくらいの気分だった。


 現在は重度の浮腫でないにせよ、今後悪化しないともかぎらないこと。
 手術という手段もあるが、劇的な改善があまり期待できないこと。
 きちんと向き合うことで、回復の兆しは見込めること。


 今年の春、リンパ浮腫治療に関しては保険適用が認められたと聞く。
 なのに、いまだにそれをスムーズに実行しにくい理由、そのさまざまなからくり。


 リンパ浮腫予防などに関する保険制度の点数制度の低さ、リンパ浮腫治療の診療所に関する国の審査が厳しいこと。患者の数に比べリンパドレナージ(リンパマッサージ)のケアができるセラピストが少ないこと。弾性ストッキングの保険適用を申請する際の面倒な書類や内容、云々。


 さまざまな現状を懇切丁寧に教えてくださった。
 とても明確だったので、これはいろいろな問題に立ち向かうために治療への船出をするしかないと、のら猫アンテナが感知。
 リンパ浮腫専門のマッサージに通うことを勧められ、リンパ浮腫研究で有名なマッサージ治療室を紹介していただいた。


 そこは、以前から知っていたリンパ浮腫専門のマッサージ治療室だが、何しろ予約が取りにくく、何度か挫折しながら、結局足が向かなかった。


 これもいいきっかけだと思い、リンパ浮腫の予防やスキンケア、リンパドレナージ、弾性ストッキングのことなど丁寧な説明を受けること30~40分。
 リンパドレナージ治療の注意事項、スキンケア、合併症。
 水療法は効果的だが、大好きな温浴、温泉などは控えること。
 日常の暮らしの変化や高額な治療費、生涯付き合う覚悟など、云々。


 更には、履いていた愛用のレペットのバレエシューズまでリンパ浮腫の足にはよろしくないと指摘され、さすがに項垂れる。
 私のオシャレ人生危機一髪!


 一気に詰め込んだせいだろう。
 さっきまでの意気揚々とした船出の晴れ間が一気に鼠色の心模様へ。
 すっかり気が滅入ってしまった。
 しかし、私はこれ以上悪化しないための秘策を、宝探しに出掛ける海賊の士気を持って船出しなければなるまい。

 
 私は気を取り直し、次回のマッサージの予約を入れ、その日は家路についた。
 

 つづく

透明度抜群のシブがき島で海水浴(左)鵠沼海岸にて昭和の海水浴の風景<
透明度抜群のシブがき島で海水浴(左)鵠沼海岸にて昭和の海水浴の風景<