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47リポーターズ

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七夕と冷やし中華

2016.7.7 10:59

 七夕の日として知られる7月7日。
 昔、一年に一度のこの日にだけしか恋人とデートしないという女がいた。
 不倫の恋をしていたわけでもない。ただ驚異的にロマンチストな女だった。
 普段洒落っ気もない女が、耳たぶに真珠のピアスをさし、恋人の待つ夜の帳へ消えて行く。


 夏の夜は夢の如し。素敵な一夜の恋物語のヒロインになるのもいいだろう。
 ロマンスと食い気が融合したような私にとって、7月7日は「冷やし中華の日」。
 私はいそいそと、絶品冷やし中華を求め街へ繰り出す。


 冷やし中華は、夏の風物詩であり、幼い夏の思い出の記憶でもある。
 両親とも、宮城県の出身なので、七夕の頃(旧暦)にあわせて帰省した。
 仕事のある両親は先に東京へ帰り、私と弟だけが両親の実家で過ごすこともしばしばあった。


 自然豊かな田舎暮らしは絵日記のネタには困らなかったが、何せ田舎の朝早いのが苦手。養鶏をやっていた祖母と一緒に朝採り卵のお手伝いくらいしか、早朝の楽しみはない。


 祖母は東京からやって来た私たち孫に対して蜜のように甘いひとだった。
 小さなミツバチみたいに祖母の周りをブンブン群がる私たち。
 自宅では宿題終わってからじゃないと食べさせてもらえなかったアイスキャンディ。もっと食べたいと駄々をこねると、割烹着の袂から、ほれっと、手品のように出してくれた。


 井戸水に冷えた西瓜やトマト。井戸の手押しポンプが面白くて無駄にジャバジャバ汲んでも、魚とりで川に落ちて服がびしょびしょになっても、叱られたことがなかった。子供なんてそんなものといわんばかりに、くしゃっと鼻に皺を寄せて笑う祖母。
 
 
 そんな祖母がよく昼飯にこさえてくれたのが、冷やし中華だった。
 酢が苦手で、酢飯はもちろん、冷やし中華のあのタレの酸味が嫌いだった子どもの頃。


 しかし、祖母の冷やし中華は、酸味がまろやかでちょっと甘くほんのり柑橘系の味がした。朝採り卵で作る錦糸卵がふんだんにのっていて、自家栽培の胡瓜やトマトの味わいも都会の野菜の味とは違う。
 大抵縁取りの赤い安いハムが細切りで乗っていたが、たまに蒸し鶏や焼豚だったりした。それは、幼い私にとって、田舎で過ごす夏休みのご馳走だった。


 いまだにその記憶がどこかにしっかりへばりついているせいか、冷やし中華は酸味まろやかでほのかな甘み、柑橘の味がほどよく効いた醤油ダレ派である。


 そして、自分の家で誰かがつくる手作りのものだというイメージが濃い。
 もちろん、「冷やし中華はじめました」の看板が出回る頃、ひらひらと揺れる中華屋の暖簾をくぐりたい衝動にも駆られるが、やはり自分で作るのがほとんどだ。 
 

 ある日、横浜中華街を横浜生まれの〝ハマの大将〟と、のらのら歩いていた。
 中華街の路地裏に大きな製麺所があった。大将が闊歩して入ってゆくのに続く私。
 永楽製麺という名の店だったが、中に入るととてつもなく広い。
 店内には数種類の中華麺と豊富なレトルトスープ、点心や中華食材が広い売り場に並んでいた。


 私は香港で食べた、たまごつなぎの細麺が大好物なので、ここの細麺を見てすぐにあの香港麺の味わいを思い出す。


 大将曰く、ここの製麺所の麺が僕たちの知っている、つまりあの香港麺に最も近くそして美味いというので、たまご麺のちぢれ細麺を買って帰った。
 早速試してみたら、温かいスープにも冷やし中華にも合うではないか。


 あれ以来、中華麺欲しさにわざわざ横浜中華街まで足を運ぶようになったが、ある日突然、永楽製麺は閉店してしまった。
 だがその後、大将のリサーチによって永楽製麺は横浜の六ツ川でひっそり営業を再開したと知る。


 とにかく、この永楽の麺で作る冷やし中華がまた絶品なのだ。
 でも、六ツ川の店はちょっと遠い。
 仕方なく、スーパーの製麺売り場にあるちぢれ細麺で代用している。
 
 
 先日、その大将から超高級冷やし中華をご馳走になった。
 麻布の名店「富麗華」の超高級海鮮冷やし中華だった。


 「DVDに3000円支払うのにたまに躊躇する俺たちが、冷やし中華の3000円には躊躇しないって、変だよな」
 まったくおっしゃる通り。
 それでも冷やし中華は我々を魅了して止まぬ食べ物なのだから不思議だ。
 

 祖母がこさえてくれた冷やし中華の味が忘れられない、冷やし中華は手作りに限るんじゃないかと、小鳥のさえずりの如く喋りまくる私。


 すると大将が、「ホテルオークラの桃花林の冷やし中華が、王道!」と一喝。
 清湯を使っているであろう醤油ダレの酸味は実にまろやか。中華料理の味は清湯で決まると言われているほど。さすが桃花林、抜かりない。
 

 いつかその王道の味も是非食してみたいものだが、やはり自分でこさえる冷やし中華で、祖母のあの味を再現できるようになりたいと思う。


 最近、ある冷やし中華のインスタント麺で知ったのだが、冷やし中華の発祥は伊達つまり仙台にあるらしい。昭和12年、仙台のある店が七夕祭りの目玉商品として開発されたのが、その発祥という話など、諸説あるようだ。
 幼い頃、仙台七夕祭りを見にゆくたびに食べた祖母の冷やし中華は、私にとっても、仙台のひとびとにとっても、夏のクリシェだったのである。


 ところで、冷やし中華の日は7月7日だが、これは小暑にちなんだとものだとも言われている。でも、実はそれ以前に冷やし中華の食べ頃は、5月の少し汗ばむくらいの暑い日だったりするのは、気のせいだろうか。


 ロマンチックな七夕の日に冷やし中華を食べる。
 でも、一年に一度じゃなく、一年中ふと思い立って食べたいと思わせる不思議な食べ物、それが「冷やし中華」。


 今夏はどれだけ冷やし中華を食べるだろうか。
 そして、どんな冷やし中華に巡り会うだろう。


 〈ヨーリー流・理想の冷やし中華(2人前)レシピ〉
・具材は好みで、あるもので良い
・まず、事前に準備するものは椎茸と醤油ダレ
・冷水で乾燥椎茸を冷蔵庫で戻し、出汁醤油で含め煮、前日に冷やしておく
・醤油ダレは、醤油に米酢か果物酢、黒糖か甜菜糖少々、そしてオカケンスープの素を少々、生姜絞り汁少々、ごま油少々。これを火にかけ、冷ます
・面倒な場合は市販物を代用しても可
・なるべく美味しい有機栽培の夏野菜。胡瓜とトマトは必須
・トマトは皮を湯むきし、種まで取るのが理想
・ そのほか、お好みで茹でたトウモロコシ、枝豆、オクラ、網焼きしたズッキーニ、夏バテ防止にアボカドもあり
・肉類は蒸し鶏が理想だが、叉焼でも良い。なければ骨つきハム
・ 高級にする場合の海鮮具材は、蒸しエビや炙ったホタテなどが理想だが、ない場合は安いカニカマで代用
・錦糸卵は、黄身の濃い卵2個を使用。ハチミツと岩塩少々。ごま油で焼く
・麺は細麺。茹でたらざるに上げ流水で洗い、氷水で必ずしめる
・山型に具材を盛り付け、タレをかけ白ゴマをふり、柑橘類をサッと絞る
・皿にからしを添え、紅生姜はお好みで