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47リポーターズ

47リポーターズ

「カランコロン便」

2016.4.20 10:53

 4月14日。 
 夜の9時前だったと思う。
 東京の自宅で仕事をしていたら、突然「ゴーッ」と地鳴りのような音を立てて
 小刻みに揺れ始めた。
 地震だ。


 揺れる部屋全体に不穏な気配が立ち込める。
 傍にいた猫も低姿勢で床に這いつくばり、動かない。
 震度2くらいだろうか。わずかな時間だったが、不気味で怖かった。


 その数分後、熊本に大地震が起こった。
 私は背筋がぞっとした。
 なぜなら、熊本には親しい女友だちがいたから。


 彼女とは20年近くの付き合いになる。
 小柄で笑うと猫のようにキュートな八重歯が覗く。
 見かけによらず“肥後もっこす”女子。
 情熱的で頑固で正直。開放的で心優しい、私の数少ない愉快なトモダチだ。


 彼女は無事なのだろうか。
 心配になりSNSで尋ねてみると、幸いにも無事だった。
 それでも大きな余震が続くので、その都度、無事を確認した。

 
 そして、二度目の大きな揺れが来た。最初の揺れは「前震」で、二度目を「本震」というらしい。
 さすがに怖くなって近くの中学校に避難したという。
 一緒に暮らす愛猫を抱え、一目散に避難所へと向かった彼女。
 持参した食料は、なんと猫のカリカリと猫おやつだけ。
 たったひとり眠れずに夜更けを迎える。お腹もすく。
 さぞ心細かったことだろう。
 

 「東京が懐かしい」。彼女はメールでそう言ってきた。
  

 私は、彼女と過ごした日々を思い出す。
 アメリカの懐かしい子ども番組「ミスター・ロジャース・ネイバーフッド」の主題歌「きょうもこの美しい界隈の美しいご近所さんたちにふさわしい日」が聴こえてくるような懐かしい日々を。(<a href="http://pbskids.org/rogers/songLyricsWontYouBeMyNeighbor.html">http://pbskids.org/rogers/songLyricsWontYouBeMyNeighbor.html</a>)


 彼女は以前、我が家の裏のアパートにひとりで暮らしていた。
 奇遇だが、その前の住まいの時も、彼女の家は近所にあった。
 私たちの結婚式にも来てくれたことを思うと、とても長い付き合いになる。


 彼女はライターという職業柄、いつも取材や締め切りに追われる日々。ヘトヘトになっている姿をたまに道端で見かけた。
 熊本から単身上京して頑張っている彼女を見ていると、私などはまだまだ甘いなあと思い知らされた。


 ご近所のよしみもあり、美味しいものが手に入ると自宅へ招いて一緒に食べたり、夜深い時間までおしゃべりに興じた。
 仕事や恋の話。懐かしい故郷・熊本の話。
 お互い好奇心旺盛で、話題には事欠かなかった。
 

 猫雑誌で連載をもつほど無類の猫好きだった彼女。
 熊本のご実家には愛らしい美猫たちもいた。
 うちの猫もなついていたので、旅行の際には猫シッターを頼んだりもした。
 

 留守中の猫シッターついでに、我が家の奇妙なDVDコレクションを観たり、原稿書きの息抜きに部屋を使ってもらっていた。


 ひとり暮らしの彼女が高熱を出したと聞けば、心配になり何か届けたりもした。 気遣い、思いやり、付かず離れず、信頼できる大事なご近所さん的存在でもあった。

 
 原稿の締め切りに追われる彼女へ、夕飯のお裾分けを届けることもしばし。
 筍や松茸など、季節の炊き込みご飯や煮物。
 木製のサンダルを突っ掛け、静まり返った住宅街の夜道をカランコロンと大きな音を立ててお裾分けを届ける私。
 彼女はそれを「カランコロン便」と呼んで楽しみにしてくれていた。


 そんな彼女からは、文章をどんどん書いた方がいいとよく励まされた。
 書くことは嫌いではなかったが、誰かに読んでもらうとなると、恐くて全く自信がない。


 彼女は、そんな私のために、大好きな機内誌の仕事を紹介してくれた。
 飛行機好きな私は、どんなエアラインでも機内誌があれば必ず持って帰る。
 憧れの機内誌に連載が書けるなんて、夢のまた夢。
 それが、当時熊本便が発着したばかりのスカイネットアジア(現ソラシドエア)航空の機内誌の連載だった。


 実はその時のタイトルが「のら猫万華鏡」で、今や私の商標みたいなものだ。
 題字から写真、らくがきのような猫の挿絵も描かせてくれた。
 ちょうど、羽田〜熊本間が就航する頃に連載させていただいていたので、いつかはそのエアラインに乗って、彼女の故郷・熊本へ旅をしたいという秘かな愉しみも抱いていた。(いまだに実現はしていないが)


 機内誌の連載を通じて、書く事がちょっと楽しくなる。
 そんな大きなきっかけを作ってくれた彼女。
 私の入院直後に迎えた最終回の入稿。
 がん摘出手術の前日、原稿の校了が済むまで一緒に仕事をしてくれた 。 

 
 『子宮会議』が出版された際には、同業の友達と女性誌の取材を組んでくれたこともあった。
 八重桜の花が咲き誇るちょうど今時分。
 遠くで私たち夫婦の撮影を見守り、グラビア撮影慣れしていない、糸の切れたカッパのような夫を笑わせ現場を和ませてくれた。 
 

 そんな彼女がある日、故郷の熊本に帰ることになった。
 引っ越し作業が終わる頃、彼女の家をカランコロンと訪ねてみた。
 ガランとした部屋。
 八重歯が覗く笑顔から、ポロポロ溢れるたくさんの想い出に染まった涙。
 

 私は、「さよなら」を言わなかった。
 いつかまた会えると思ったから。
 「またね」と笑顔で彼女を見送った。


 今更そんな思い出話に懐古しているヘッポコな私だが、彼女が遠く離れた今でも、あの頃のようにまだ近所にいるような気がしてならない。
 現実は、いまだに余震が続く熊本にいるというのに。
 

 本当に彼女は大丈夫なのだろうか?
 「カランコロン便」が懐かしいと彼女からメールが届く。
 私はカランコロンとすぐにでも駆けつけたい思いに駆られた。


 現在、彼女は自宅よりもライフラインのとれる実家に猫と避難したという。
 猫はといえば、地震のショックで押し入れから出て来ないが、ご飯は食べるようになったそうだ。それを聞いてちょっとホッとした。


 余震が続く中、自宅の片付けをしながら、締め切りが近づく原稿も書いている。
 地震に見舞われていようが、日常は動いているという厳しい現実。
 

 どうかこの先、余震がおさまり、大好きな彼女が一日も早く愛猫と自宅に戻れること、平穏無事で安息な日常が送れることを、私は心から祈っている。

彼女が撮った八重桜と撮影現場の私たち 「この時の空気の香りまでもが伝わり癒される」と彼女は言う
彼女が撮った八重桜と撮影現場の私たち 「この時の空気の香りまでもが伝わり癒される」と彼女は言う