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47リポーターズ

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素晴らしき哉、猫との人生!

2016.4.15 11:13

 4月。
 新年度。新学期。はじまりの季節。
 私にとっては、「猫の季節」。
 愛猫と出会った季節なのだ。
 

 まだ花冷えの時節。
 唐の詩人・杜牧が詠んだ「晴明時節雨紛々」。
 そんな猫毛雨が降る或る夜。
 渋谷の道玄坂小路をほろ酔い気分で歩いていた夫が、何処からか猫の鳴き声を耳にしたという。
 ミュウミュウと鳴くその声の方向を辿って行くと、駐車場の車の下に小さく丸まったネズミのような仔猫がいたそうだ。
 

 のら猫は警戒心が強い。さらに仔猫ともなると母猫の傍から離れないので、捕まえることは実に難しい。
 なのに仔猫はたった一匹で、車の下に雨を避けながら震えていたという。
 猫など飼ったこともない夫であるが、仔猫を拾うと、ヨットパーカのポケットの中に入れて、また次の店へと飲み歩いていたそうだ。


 その頃の私は、家に寄り付かぬのら猫のような暮らしをしていた。
 そんな私に夫から一通のメールが届く。
 「おかえり。家に何かがいるよ」
 私はぎょっとした。
 「何か」ってなんだ?
 彼のことだ。きっと亀の類に違いない。
 慌てて戻り、家中を探し回ってもどこにも姿は見えない。
 だんだん恐怖感が湧いてきて、「だれ、だれかいるの?」と大声で探しまくった。
 そのひとり劇場の様子は今でこそ笑い話だが、とにかく姿の見えぬ「何か」の存在が怖かった。
 

 私の声が届いたのだろうか。
 ソファの下の隅っこから「ミュウ….」と小さな声がした。
 覗き込むと、そこには白い毛に包まれた小さな生き物がいた。
 掌にひょいと収まる、ちょうど鼠くらいのサイズだろうか。
 白い毛に額の部分の黒い毛が真ん中からぱっくりとセンターパーツに分かれ、 小さな鼻には鼻くそのようなホクロのある愛嬌溢れる顔だった。チンアナゴのような長い尻尾はシマシマ模様で別の生き物がくっついているようだ。
 しかもやっと目が開いたくらいの本当にちっちゃな仔猫だった。


 まだ花冷えのする時節、仔猫は震えていた。
 ペットボトルに湯を入れタオルで包んで温めてやったり、買ってきたスポイトで白湯を飲ませたりしたが、何も口にしてくれない。鳴くのもやっとな様子だった。


 どういう状況で拾ったのか、夫に問いただした。
 彼はハシゴ酒をしている間、ずっとポケットの中に仔猫を入れ、触ったり覗いたりしていたという。私はその様子を聞いて、まるでスタインベックの『二十日鼠と人間』みたいじゃないかとゾッとしたものだった。
 これではあの二十日鼠のように死んでしまう!


 私は幼い頃から猫を飼っていた経験はある。しかし母猫から離れてしまったこんなちっちゃな仔猫は果たしてどうしたものか、と近所のペットショップを訪ねてみた。 


 「一刻も早くすぐに近所の病院へ連れてゆくことをおすすめします」
 とある近所の病院を紹介され、私は仔猫を抱いて駆け込んだ。


 私の腕の中で、ちっちゃな生命は懸命に生きようとしていた。
 どうにか生きてほしい。
 病院で診てもらうと、生後ひと月にも満たない仔猫だと言われた。
 そんな仔猫が母猫から離れると命に関わるという。しかも飲食をしない原因は、のら猫に多い寄生虫だと顕微鏡を覗かされた。仔猫のお腹の中でたくさんの「線虫」が悪さをしていた。


 このままでは死に至るというので、入院してカテーテルで栄養を注入し、虫下しをすること1週間。保険などきかないので、高額医療にはなってしまったが、とにかく生きて元気になって帰ってきてくれたのがなにより嬉しかった。 
 

 私「元気になってよかったね。名前をなんとしよう」 
 夫「女の子だから、ヨーリーの“リー”をとってニャーリーかな」
 私「何それ?」
 夫「つげ義春の漫画の“リーさん一家”」
 どこまで能天気な人なのだろうかと思ったが、そう呼ぶことになった。


 母猫代わりの私は、せっせとスポイトでミルクを与え、ウンチが出るようにおしりを綿棒でつついて促す。爪研ぎは専用の板でガリガリするよう躾ける。 


 仕事で不在の時は近所の友達に預かってもらい、動物病院で定期検診を受けたり、ゲージの中にベッドを作ったりと、仔猫育てに奮闘した。
 風来坊の私にも母性があったのだろうか。
 猫など飼ったことのない彼とともに仔猫の成長を見守った。
 仔猫見たさに来客も増えた。
 そう、この仔猫がどこか殺伐としていた我が家に春を招いたのだ。
 

 あれから14年。
 道玄坂生まれの渋谷ギャルだったニャーリー嬢もずいぶん大人になった。
 少女の頃は、留守電を勝手に操作して聞いたり、受信したFAX用紙を噛みちぎって玄関に置いたりした。挙句はパソコンや携帯電話の電源コードを噛みちぎるようなお転婆娘ぶりだった。


 猫の14歳といえば人間でいうと70歳を超えた老猫の域に入る。
 そんなニャーリー先輩は最近、仔猫の頃のような甘え方をする。
 私の傍でおしりトントンしろとおねだりしたり、来客にまで頭をこすりつけたりする。チビ猫時代は一緒に湯船に入るほどの甘えん坊。成猫になってからは一緒に入らないものの、今でも必ずバスタブの縁までやってきて湯を見つめている。
 そんな姿はまるで仔猫のように無邪気で愛らしい。


 締め切りに追われる私の傍でいびきをかきながら寝言を言ったり、勝手にパソコンのキーボードで何かを打つ無邪気な姿。渋谷ギャルだった頃のように、留守電やFAXボタンを解除したり、パソコンの電源コードに噛み付いてオイタをする迷惑行為も復活。そんな姿のひとつひとつが愛らしくて仕方ない。


 猫も人間のように、「赤ちゃん還り」をするのだろうか。


 そんな矢先、突然、母が大病に倒れたという知らせを受けた。 
 意識のあるうちに会っておこうと見舞ったが、あまり喋れる状態ではなかった。それでも、一生懸命話しかけ、半日くらい付き添った。
 

 母は、小さな声で私を名前で一度だけ恥ずかしそうに呼んでくれた。
 食事を手伝い、嚥下ができない様子だったので、「もぐもぐもぐ」と声に出して噛むように促した。サザエさんのエンディングの「んーがんんっ」と飲み込む真似をしてみせると、うっすら口元に笑みを浮かべた。
 唐突に「宝くじ6億当たってびっくりぽん」と言いだしたかと思うと、スヤスヤ眠ってしまう。その姿はまるで幼女のようだった。
 そんな母を微笑ましく見つめる私。


 実は、母も老猫の域に入った愛猫・モモちゃんを飼っている。
 「早くモモちゃんに会えるといいね」
 そう話しかけると「モモは、鼠のリーダーだから、家の周りをぐるぐるしている」とまた意味不明なことをつぶやいていた。
 まるで、猫がみる夢のようだ。私は思わず吹き出し腹がよじれるほど笑った。


 病人に笑いは大事だ。いちいち悲しんでいたら、その思いが通じてしまう。
 私が病に伏せっていた時もそうだった。
 悲壮感に見舞われると、人はネガティブなことしか考えなくなる。
 気のせいかもしれないが、良くなるものも良くならない気がする。


 だから、私は変わり果てた母の姿をみても泣かなかった。
 母が幼子の私に笑顔で接していたように、夢の中を漂う母を見守った。
 そして早く元気になって愛猫の待つ家へ帰れること祈りながら、
 萌える“若葉のころ”を待ちわびるのであった。

風呂好きでわがまま気ままな甘えん坊 素晴らしき哉、猫との人生!
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