隠れキリシタンの遺物、そして「沈黙」
台湾での映画撮影を無事終え、久しぶりの帰省。
実家からほど近い大磯の浜辺を歩く。
朝の凪いだ海面には、柔らかな陽光が幾つもの十字を成して輝いている。
私は浜辺を抜けて大磯町へ出ると、かねてから気になっていた「エリザベスサンダースホーム」に向かった。
切り通しの小径を抜け、小高い丘陵に沿ってしばらく歩くと、砦のような赤茶色の石垣が見え、大磯駅前のサンダースホーム正門に辿り着いた。
それにしても、なんと広大な敷地なのだろう。正門からは新緑の森に囲まれた小高い丘が見える。
エリザベスサンダースホームとは、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫・澤田美喜さんが混血孤児のために作った施設である。
ここは元々、岩崎家の別邸だったが、戦後の財閥解体でGHQに接収されてしまった。彼女はそれを必死の思いで買い戻し、1948年にエリザベスサンダースホームとした。46歳の時だった。
終戦当時、混血孤児への差別と偏見が蔓延していた。
彼女は、それらと闘いながら、78歳で没するまで、2000人近い混血孤児を育て続けた。
そんな澤田美喜さんは敬虔なクリスチャンでもあった。
ちなみに私がエリザベスサンダースホームと聞いて思い出すのは映画『人間の証明』(1977年 佐藤純彌監督)。
公開当時はまだ子どもで作品も観ていなかった私に、赤坂のニューオータニの展望レストランを見るたび、「ほらあれが、撮影で使われた“あの麦わら帽子”なんだ」と得意げに説明する父を思い出す。
確かに、麦わら帽子みたいなカタチには見えるが、戦争孤児の悲劇だと知るのは、私がもう少し大人になってから。
あの帽子を投げる岡田茉莉子さんの後ろ姿には“女の業”というものを感じた。
この映画でジョニーを演じたジョー山中さんもエリザベスサンダースホームの出身らしい。ご本人の人生と被るような役をどういう思いで演じていたのだろうか。そんな彼の歌う主題歌は大ヒットしたが、とてつもない哀愁が伝わってくる。
エリザベスサンダースホームに辿り着くと、開かれた正門の奥に竹箒で庭掃除をしているお爺さんの姿があった。会釈して、スルルと中に入って行くと、「澤田美喜記念館」という看板が目に入る。
そこには「切支丹とうろう」の文字もあった。
やや興奮気味に「今、見られますか?」と尋ねると、お爺さんは竹箒を置いて「こちらからどうぞ」と言いながら、小高い森へ続く階段をひょひょいと軽い足取りで登ってゆくではないか。私は慌ててその後に続いた。
新緑に覆われた小高い丘へ登って行くと
ひっそりとした中庭の中央に小さな切支丹灯籠があり、26本の十字架が左右に並ぶ石段を上がると、船の船首を思わせる小さな教会があった。
その一階部分に「澤田美喜記念館」がある。
早速中へ案内されると、彼女が大切にしてきた隠れキリシタン関連の遺物の数々と、彼女の生い立ちにまつわる品々が、さほど広くない空間にずらりと展示されていた。
入り口付近で「この遺物の意味するもの」と題された作家・遠藤周作の言葉を見つけた。
“隠れキリシタンの遺物”の数々が、現代の私たちに、「生きる」姿勢とは如何にあるべきかを見つける手がかりとなり指針ともなる、ということが書かれていた。
実は、前回ふれた私の“ある映画”とは、彼の小説『沈黙』を題材にした映画のことだった。
まさか、偶然訪れた澤田美喜記念館で、最初に彼の言葉を見つけることになるとは正直、仰天した。
ならば、これから見る隠れキリシタンの遺物たちからも、とんでもない刺激を受け、卒倒してしまうかもしれない。
気が触れぬよう、恐々と最初の陳列棚に体を向けた。その時だ。
私の視界に鈍い光を放ちながら飛び込んできたものがあった。
それは、“最古の踏み絵”の木版とそれで刷った版画だった。
「踏み絵」という名の通り、絵を踏まされていた様子が伺える。
固唾を飲んでじっと見入る私。
そこに無数の隠れキリシタンたちの足を見たかのような錯覚を覚えた。
ありとあらゆるキリシタンの遺物たちが私に迫ってくる。
キリシタン密告を奨励する高札。キリシタンが用いた信仰の手引書。
細川ガラシャ夫人が愛用した、小さなマリア像が彫られたかんざし。
キリシタン大名・高山右近がマニラへ流刑される船の中で彫ったとされる小さな赤子を抱えたマリア像……。
中でも、私を魅了したのは「仕掛け」だった。
手先が器用な日本人ならではの繊細な細工を施した「仕掛け」の数々。
仏像かと思いきや、持ち上げると十字架が現れる仕掛けの置物。
光にかざすと壁にキリスト像が映し出される仕掛けの魔鏡。
なんなんだ! この遺物たちが放つ、疲弊した問わず語りの美しさは!
ここまでして、守り抜いた日本人の信仰の深さ、忍耐力、精神力。
隠れキリシタンたちが身を張って必死に守りぬいてきた本物の強さ。
どんなに小さいものであっても、そのひとつひとつが数奇な運命を辿りつつ、今ここに存在しているという事実に、私は圧倒された。
ここに展示されているのは250点。関東近郊でこんなに膨大な隠れキリシタン関連の貴重なコレクションが見られるとは!(実際のコレクションは1000点に及び、現存する物だけでも850点以上あるという)
それらすべてを澤田美喜さん自身が集めたというのだから、凡人が真似できるようなことではない。しかも彼女は孤児たちの面倒を見ながら、40年ほどかけて収集したというのだから、“超”だの“!”だのが、何個ついても足りないほど、あっぱれなお方である。
私はふと、澤田美喜さんは、このエリザベスサンダースホームで、隠れキリシタンのような思いを重ねていたのではないだろうかと想像する。
混血孤児を養護する者への差別、迫害。そして成長する孤児との葛藤。
信仰というものは、これほどまでに人を忍耐強くさせるのだろうか。
それとも、このお方の生まれ持った超人的な精神力の賜物なのか。
大磯で出会った“隠れキリシタンの遺物”の意味するものと、台湾の撮影現場で感じたことが、私の中で見事にリンクし昇華してゆく。
これこそが、“奇跡”であり、故に誠意を込めて対峙した貴重な出来事だったのだと、気づいた私であった。
