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『京都大作戦』

2014.12.8 13:09
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 この秋、ドラマの撮影で久々に京都を訪れた。


 ひと月の間、東京と京都を何往復かした。


 「京都に行く」と言うと、周囲からよく羨ましがられる。


 実は、仕事で自宅を離れるのはあまり嬉しくはない。


 愛猫とも離れ離れになるし、何しろ旅行気分ではない。わたしの行き先は、ほぼ東映太秦撮影所とホテルだけで、祇園界隈でも寺社でもない。


 ロケ中、わたしは食事を節制する。お酒も一滴も飲まない。


 慣れない土地でひたすら独り仕事に集中する孤独な傭兵だ。


 そんな孤独な傭兵にもたまの息抜きは必要。


 今回はどうしても行きたい所があったので、合間を縫って訪れることにした。


 一つは、京都国立博物館で開催中の『鳥獣人物戯画展』。


 わたしが最初に『鳥獣人物戯画』を観たのはいつ頃だっただろうか。


 まだ10代の頃だったように思う。


 カエルやウサギが擬人化されているユーモラスな画は、わたしの想像力をこちょこちょくすぐった。


 思えば、子どもの頃から絵本の『ピーターラビット』に出てくるカエルのフィッシャーや『セサミストリート』のカエルのカーミットが好きだった。


 フィッシャーが食べている“チョウチョのサンドウィッチ”や“バッタのてんとう虫ソース添え”なんかに興味津々だった。カーミットのソフト帽とトレンチコート姿が大好きで、私がトレンチコートを愛用しているのはそのせいかも。
 フィッシャーのレインコートがマッキントッシュだなんて、カエルなのになんてオシャレなの!


 そんなカエル好きが高じて、『鳥獣人物戯画』も私好みの一つになった。


 今回の展示は、修復したものも含めて、全巻観られるというので喜び勇んで行った。しかし、あっという間に観終わってしまい、なんだか物足りない。


 後で知ったのだが、甲乙丙丁の4巻のうち、展示されていたのはなんと! 4巻の前半部分だけだったのだ。後半部分は11月以降だそうだ。


 ぎゃふん。しかも、小雨降る中、外で10分、中で20分も待った。30分近く行列に並んでやっと観られると思いきや、絵巻はとても小さい。展示されているガラスケースを前に自分が流し素麺のようにツルツルと流されてゆく。


 それでもガラスケースぎりぎりに顔をくっつけて目を皿のようにして筆使いを見る。楽しげで想像力が膨らむその絵に、わたしはますます夢中になった。


 以前から『鳥獣人物戯画』の絵柄のアイテムも集めていた。


 最初に買ったのは『かえるのごほうび』という絵巻を抜粋してお話が綴られた絵本。いつか子どもが生まれたら、ぜひ読み聞かせしたいと思って大事にしまっておいた。


 今も本棚のどこかですやすやと眠っている。


 ご飯茶碗や湯のみ、おせちを入れる重ね鉢や小皿などたくさん集めたが、絵付け師によっては、こんな画あり? と驚かされる。模写する人によって画柄には良いものもあれば悪いものもあるのだ。


 蟻の大群がカステラに群がるような展示会場を後にして、売店コーナーを流し見。手ぬぐいとポストカード1枚、図録も一応買う。鳥獣戯画が彫られたバカラのグラスがかなりの高額で売っていた。一体どんな人が買うのだろう。


 短時間だったが、大好きな『鳥獣人物戯画』の絵巻の前半部分だけでも、修復された本物をこの目で観られて大満足だった。


 次なるお目当ては、昭和のTVシリーズドラマ『怪奇大作戦』の中でも、名作中の名作と言われている一本「京都買います」のロケ地巡り。


 『怪奇大作戦』は1968~69年に、TBSで放映された円谷プロ制作の特撮ドラマ。警察の捜査では解決不能になった謎の科学犯罪に挑む民間組織SRI(科学捜査研究所)のメンバーの悪戦苦闘のお話で、独自に開発した機器類を駆使して捜査するのが特徴的だった。


 怪獣も超人も出てこないが、当時としては画期的な光学合成を駆使し、子ども向けというよりもどことなく大人びたドラマだった。
 演出には『ウルトラマン』の実相寺昭雄氏をはじめ、脚本には金城哲夫氏、石堂淑朗氏らの名前がある。今でも多くのファンに根強く愛され続ける魅力は、こんなところにもあるのではないだろうか。


 円谷特撮好きな少し年上の人たちは観ていたそうだが、私は当時3歳だったのでオンエアは観ていない。最近になってNHKが『怪奇大作戦』を現代版にリメイクした際、過去のドラマを何本か再放送していて、大人になってからやっと観る事ができた。


 そしてなぜか、わたしは今年になってから突如、その『怪奇大作戦』に牧史郎役で出演していた岸田森さんに夢中になった。


 岸田森さんといえば、一般的によく知られているのは『傷だらけの天使』の岸田今日子さん演じる綾部貴子のナンバー2、辰巳五郎役だろうか。後に「和製ドラキュラ」として彼を有名にした東宝映画作品『呪いの館・血を吸う眼』での吸血鬼役も忘れがたい。


 叔父に岸田國士、従姉妹に岸田今日子というなんとも羨ましい血筋。


 さらに、最初の妻は文学座時代の同級生・悠木千帆(樹木希林)さんだというのだから驚きである。


 岸田森さん演じる牧史郎は、珈琲と煙草が似合うクールな男だ。とにかく佇まいがいい。しなやかな指先。獲物を待ち受ける静かな眼差し。そしてなんといっても特筆すべきは「がんばっていない」のだ。
そんな岸田森さん演ずる牧史郎の大ファンになってしまった。


 特に「京都買います」の岸田森さんの魅力は格別だった。
 肩にステンカラーコートを無造作に羽織り京都の寺を巡る姿。細い指先が示す先々。少年のような上目遣いの眼差し。
 そこには岸田森さんからにじみ出るエロスと狂気、思い切り引き離すクールな魅力が混沌と渦を巻き、思わず観る者を引き寄せる。


 仏像を愛してやまないヒロインと科学を愛する牧史郎が繰り広げる淡い恋心あり、社会的メッセージありの作品「京都買います」は、『怪奇大作戦』の中でも子ども番組を通り越した大人の悲恋物語なのである。そう、京都には悲恋がよく似合う。


 東映太秦撮影所で撮影中のある日、3時間ほど休憩時間があった。


 Googleマップを取り出してロケ地を探索すると、
 祇王寺は太秦から近かった。


 「……今だ。今しかない!」


 のろのろとのら猫がすり抜けるように撮影所の門を出て、私は大通りに駆け抜けてゆくと急いでタクシーを拾って飛び乗った。


 脳内には『怪奇大作戦』のあのテーマが鳴り響く。
 「チャーラーラー♫ チャララチャラララチャラチャッチャー♫ ビヨンビヨンビヨンビヨーン♫」


 祇王寺は、あの感動的なラストシーンを撮影した場所だ。


 牧史郎の前に現れたのは、かつてのヒロインではなく、尼となった彼女の姿だった。尼は一生仏像とともに暮らすと言って消えた彼女のことはもう忘れてほしい、その方がお互いしあわせなのだと、牧史郎に告げる。


 そんなまさか?! と、彼女の面影を探そうとふたたび牧史郎が振り向くと、尼は本物の仏像になってしまっていた。そして仏像のその瞳からは一筋の涙が流れる。
※祇王寺は平清盛にまつわる女性4人が尼僧になり晩年を過ごしたとされる寺。


 その感動的なラストシーンのロケ地をこの目で観られる! 私ののら猫アンテナはビビビと振り切り、奥嵯峨へ深く深く入って行ったのであった。


 そのままタクシーを待たせて祇王寺を見物。


 小さな入り口をくぐると、小さな庭があった。


 言葉が出ない衝撃だった。


 寺の様子はあの頃のままだったのだ。


 細かいディテールは確かに多少変わっている。40年以上も前に撮影したのだからそりゃそうだ。しかし、この祇王寺の庭は、あの仏像と化した尼僧がどこかにひっそりと眠っているようにも感じられた。
 まさにわたしが立っている場所こそ牧史郎が茫然と立ちつくしていた辺りでもあった。


 柔らかな夕暮れの陽射しがうっすらと、寺を囲む樹々から漏れてくる。


 私はしばらくそこに立ち尽くしてぼんやり庭を眺めていた。


 実相寺監督は『京都買います』の撮影で使われたすべての寺の日照を知り尽くしていたように、光の具合が完璧だったそうだ。


 どの寺のどの時間が美しいかを知っていたのだろう。


 ロケ地なんていうものは実際行くと大抵がっかりするものだが、今回は違った。思い切って来てみて本当によかった。


 ロケ地巡りに気を良くした私は、東京へ帰る最後の日に東福寺を訪ねた。
 ここの通天橋が『京都買います』で使われていたのだ。


 以前からここは紅葉狩りによく訪れた。モダンな庭もあって好きな寺だった。


 『怪奇大作戦』の主題歌を口ずさみながら、牧史郎のように軽いステップを踏んで境内に入ってゆくわたし。


 紅葉はまだ青いままで、紅く染まるのを今かと待ちわびているようで、見な慣れた通天橋の紅葉が『怪奇大作戦』を知ってからはまた初々しく新鮮な面持ちに見えた。


 橋を何度も行ったり来たりしてドラマのワンシーンを回想してみた。とにかく変わっていない。お寺という場所柄、空気感すらあまり変化がないこともありがたいことだった。


 ついでに八相の庭も覗いてみた。


 昭和を代表する作庭家・重森三玲さんが手がけた庭の砂紋が宇宙的なデザインを醸し出し、市松模様の苔庭もモダンで美しい。


 ぼんやりその砂紋を見つめていると、寺からお経が聞こえてきた。


 そのせいもあってか、いつになく砂紋の波模様は幻惑的だった。


 目の前に広がるのは砂利で出来た波模様というより、どこかから時空を超えて目の前に現れた未知の波という感じ。


 後で知ったのだが、奇しくもこの日は重森三玲さんが手がけた庭の砂紋を当時のまま復元した日だったそうだ。


きっと、牧史郎が呼び寄せてくれたに違いない。
私はそう思った。


 しばらくぼんやり庭を愛でていたら、いつのまにか中国人観光客の団体に囲まれていた。わたしは寺を後にし、次のロケ地、八坂の塔付近にある「文の助茶屋」に向かった。


 「文の助茶屋」では牧史郎が ヒロインとふたりでぜんざいを食べながら会話するシーンなのだが、仏像しか愛せないヒロインが次第に牧史郎へ心を開いてゆく、ちょいと色っぽいくだりだ。


 ちょうど東京から京都に郷帰りしていた友人がいたので、「文の助茶屋」で会った。「わたしがぜんざい食べてるところを写真撮ってよ」と頼むと、実にそのシーンっぽいショットが撮れた。これも牧史郎の引き寄せの法則だろうか。


 私は清々しい面持ちで、「文の助茶屋」をあとにした。


 岸田森さんのプライベートでの顔は、蝶の収集家で珍しい蝶を虫取り網と籠を持ってどこまでも追いかけてゆく少年のような人だったそうだ。スコッチウィスキーとジャズを愛し、チャールズ・ミンガスの『Pithecanthropus Erectus』が一番好きなアルバムだった。


 ジャズに詳しくないわたしにミンガスを教えてくれた岸田森さん。


 初めて入ったジャズバーで飲めもしないスコッチウイスキーを舐めながら、ジタンの煙草を片手に、ミンガスの『Pithecanthropus Erectus』をリクエストしてみる。
 燻らしたジタンの煙。
その煙からすうっと岸田森さんが現れてきそうだった。ミンガスの奏でる前衛的な旋律。確かに、この曲を聴くと怪優・岸田森という人を思わずにはいられない。まるで岸田森さんのために存在するような曲だと感じた。


 岸田森さんは美しい蝶を追いかけて、度々沖縄の八重山諸島へ足を運んだそうだ。その際、八重山がとても好きになったという話を伝記本『不死蝶 岸田森』で読んだ。


 そこには、八重山の島の人たちを通じて人の体温が感じられる、それは島の体温だと言う。たとえ蝶があの島にいなくても、八重山の体温があるかぎりあの場所へ通ったとも述べていた。


 そんな岸田森さんの姿を想いながら、わたしもまた、ふと沖縄を思うのであった。

孤独な傭兵の京都大作戦のそれぞれ。右から時計回りに 祇王寺〜通天橋〜うちの鳥獣戯画〜文の助茶屋
孤独な傭兵の京都大作戦のそれぞれ。右から時計回りに 祇王寺〜通天橋〜うちの鳥獣戯画〜文の助茶屋