のら猫香港大作戦~後編~

香港の朝を歩く。
中環(セントラル)はよく働きよく遊ぶ街だ。
昨夜からまだ盛り上がっているクラブにたむろっている輩を横目に、朝飯探しでうろちょろ。
うろちょろこそ、香港の醍醐味だ。
朝早くからやっている粥麺専家もいい。
でもとりあえず早茶にしよう。早茶とは朝する飲茶のこと。
香港人はよく飲茶する。
昼は午茶。おやつは下午茶、夜遅くの夜茶もある。
早朝から開いている格式ある名店『陸羽茶室』。

ここでとりあえず早茶。
相変わらず毎日同じ席を予約している太太(香港マダムという趣き)がいたりする。チャールズ皇太子やジョン・レノンも訪れたという名店。
その前に、凉茶舗(漢方茶スタンド)で甘くて苦い漢方茶を飲む。7香港ドルだから100円しない安さ。

猫のように石畳の階段を上がったり下がったり。
ここSOHO(荷利活道)あたりは、昔ながらの香港の街並みがほんのり残っている。
その昔、肩掛け天秤の物売りが行き交い、纏足(てんそく)婆様の姿もあっただろう。うろちょろしていると、香港腸詰のぶら下がる軒先に愛嬌たっぷり店番猫を発見。BS『世界ネコ歩き』の岩合さんじゃないが「いい子だねえ」と近づいてみる。

飯の炊ける匂いや青果市場をひやかし、日本統治時代からある老舗醤油店で香港醤油や味噌を買って、威霊頓(ウェリントン)街に出る。
この通りでは香港ローカルグルメを一網打尽に楽しめる。
ミシュラン星獲得の店やロースト肉、ワゴン飲茶、などが連なる中、
昔からお気に入りだった香港雲呑麺屋『Mak’sNoodles』へ。
初めて食べた時、あまりにも美味しかったので、店を後にした際「雲呑麺世家(ワンタンミンサイガー)!」と意味もなく唱和しながらこの通りを闊歩したのが懐かしい。
しかし、ここも行列ができ、佇まいもちょいとお洒落な店に変わっていた。
ミシュランへの星アピールといったところだろうか。
そういえば最近、香港のローカルフードでミシュラン星を獲得した店が増えている。
たとえば、叉焼入りメロンパンで有名な『添好運點心專門店』。
中華で初ミシュラン星獲得した『フォーシーズンズホテル』の元点心シェフがオープンした店で、最近東京にも出店したようだ。
「世界一安いミシュラン1つ星」の味を堪能できるとあって朝から大行列。
私のオススメは、排骨蒸し飯や中華蒸しカステラ。
しかしここも朝から行列に並ぶ。
トラム(路面電車)に乗って銅鑼灣(コーズウェイベイ)へ。
慣れた足取りで降車し、しばしうろちょろ。
鍋や食器を物色したり、食材や食べ物屋をひやかしたり。
マンゴー大福なるものを初めて食べたが、柔らかマンゴーを餅で包んだダブルの柔らか食感が新鮮な、いかにもスイーツ男子が好きそうな柔らかおやつだった。
しかし、財布の中身はどんどん軽くなってゆく。
香港は返還前よりも確実に物価が上がっているのだ。
湾仔(ワンチャイ)からスターフェリーに乗ってビクトリア湾を渡る。

それにしても、香港にはなんて情緒がある乗り物が多いのだろう。
2階建てバス、路面電車、フェリー。
そこへ今夏開通予定の、中国本土の法律適用を掲げる高速鉄道。
開通後の香港を憂う声には頷ける。
中国大陸系観光客にごった返す九龍半島のネイザンロードを北上。
うろちょろしていれば、また腹も減る。
サムスイポーで最後の夕飯。
ここは九龍の下町。電脳街(電気街)や問屋などが多く、AKBのアンテナショップなどもあるから香港のアキバといったとこだろう。
ここに1950年代から続くダイパイドンがある。
そこかしこがダイパイドンだらけ。
とりあえず豪快にコンクリ釜からド派手な火柱を立てて中華鍋を振る店に入った。
それにしてもこの店、いったいどこからどこまでが店なのかわからないほど、歩道に卓と椅子が溢れている。
しかしこれぞダイパイドンの醍醐味。
どこもキレイになった香港だが、屋台で営まれるダイパイドンは相変わらず。
屋台飯とはいうけれど、そこは香港。本当に美味いものが熱々で出てきたりするから油断ならない。
持ち込み料を払えば豪華シャンパンに熱々の鳩のローストなんかをつまみに葉巻を燻らしながら、至福の時を過ごせる屋台だ。

滞在時間はあっという間。
いよいよ香港最終日。
ホテルのチェックアウトを済ませ、香港的士(タクシー)をつかまえて、香港島の裏手にある某所に向かった。
今回の香港大作戦のハイライト、香港映画ロケ地。
私の初香港映画といえば、ブルース・リー。
三鷹オスカーで見た『燃えよドラゴン』(1973年)。
そのロケ地とは、悪の首領・ハンの島の船着場。
アチョー!
場所や詳細はあえて伏せるが、ここは以前からずっと行きたかった場所だった。果たしてハンの島の船着場は実在しているのだろうか。
ドキドキしながら、ロケ地探訪。
『燃えよドラゴン』のサントラが脳内ループ。
我々はMr.Booホイ3兄弟から、インチキ・カンフー・スターに早変わり。
口々に「アチョー! アチョー!」と怪鳥音を叫ぶ。
そんな姿を香港的士の運転手さんがミラー越しに苦笑している。
とうとう某所にやってきた。
長い階段を降り、海が見えてくる。
「ジャーン、チャチャーン! アチョー!」
本当にあった。
煉瓦の小屋。船着場の向こうに朧げにみえる小さな島のシルエット。
映画で見るそれと変わっていない。
私はとうとうハンの島の船着場を見つけたのだった。

刻一刻と香港との別れの時間がせまってきた。
なぜかずっと脳内には『ドラゴン怒りの鉄拳』のテーマソングが流れている。
「I use hands to hold my fellow man♪ アチョー!」
口ずさみながら気分は高揚、涙袋に溢れんばかりの熱い感動を抱く私。
すっかり勢い余って、香港中環で一番クールなレストラン『Mott32 卅二公館 』へ。
一風変わったこの屋号は、ニューヨーク・チャイナタウンの起源となった一軒の雑貨屋があった通り番地の名前に由来する。
店内の一歩踏み入れた途端、非日常的なその空間に誰もが酔いしれることだろう。
内装はまるで香港映画。いかにも殺し屋が入ってきそうなトイレも凝っている。洗面所の照明はジョニー・トー映画の世界だった。
トイレを出て、颯爽とスイングドアを後にすると、映画に出てくる殺し屋の気分になれるほど。

「禁断の薔薇」という名のカクテルに酔いしれ、満漢全席に出てくるような貴重な食材を食す。
どれもこれも独特のセンスが光りそして美味なる味わい。休日のランチタイムに、なんとも濃ゆいデカダンスな時間を堪能。
胃袋にも心にもいっぱいの〝香港〟を詰め込んで一路帰国の路へ。
今回、いろいろな香港の〝現在〟に触れた。
当初、私は香港を憂いていたが、いつしか元気をたくさんもらった。
観光人気では台湾に押されがちな香港だが、香港にはいまだに香港にしかない魅力が秘められている。一国二制度を貫き、大陸からの圧力に負けず、どこまでも香港らしくあってほしいと、私は願う。
なんといっても私にとって香港の魅力は、英国植民地時代に培われた「永遠を約束されていないその自由さ」なのだから。
そして、どんなに時が経っても、好きなものは一生好き。ブレない。
そのブレない精神が大事なのだとあらためて思い知らされた。
こうして、私の20年ぶりの香港大作戦は無事に遂行された。
多分、またすぐ会いに行くだろう、香港。
アチョー!