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47リポーターズ

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【世界から】中国、「なし崩しルール」が支える成長

2018.11.28 10:26 共同通信

 北京の公立小学校では、わが子が入学した約4年前から学級を受け持つ教師と保護者間の連絡にスマートフォンが用いられている。具体的には中国版「ライン」とされる通信アプリ「微信(ウェイシン)」のグループチャット(グルチャ)で、さまざまなやりとりをしている。

 その結果、ほぼペーパーレス化に成功した。それゆえ、日本ではごく普通といえる教師が配る大量の「お知らせプリント」といったものはない。中国では、多くの教師が子供と一緒に午後4時前に帰宅するが、それが可能な理由の一つには、教師がこなさなければならない雑務が日本より圧倒的に少ないことがある。

 先日は、教師から「●●のホームページに行ってアンケートに記入をし、完了後は生徒名をこのグルチャで回してください」との呼び掛けが来た。指定されたホームページではアンケート結果の集計も自動でやってくれるので、教師はアンケートの印刷も、配布も、集計もやる必要がない。

 このほか、給食費や運動会、保護者会のお知らせなどもすべてグルチャで知らされる。困るのはそれが前日や数日前であること。「中国は何でも急!」なのだ。とはいえ、子供が遅刻したり欠席したりする時もグルチャでメッセージを送るだけで済ませられるので、保護者にとっても便利だ。迅速な事務連絡を行うに際して、スマホはとても合理的で役に立つ道具となる。

 一方、日本の教育現場はソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)を始めとする新しいコミュニケーションツールを取り入れることに関して慎重といえる。保護者間のトラブルや対応する教師の負担が増えることなどを懸念する声が根強くあることが影響しているのだろう。確かに使用にはコツがいる。北京でも保護者の中には、競い合うように教師を持ち上げる「演技派」が少なくなく、面倒だ。グルチャでは人の評価は避け、伝達の用途に限定して使うのが肝要だ。

 幸いなことに、わが子のクラスではベテラン教師が親からの過度のコメントを抑制する手を打ち、改善された。また、中国のインターネット上でもこうした一部の保護者の「やり過ぎ」を批判する記事や教師向けの親対策のノウハウが最近になって出回り始めた。

 逆に、グルチャで生徒を名指しで批判したり、全員の成績を公開したりするひどい教師もいるらしく、一部の地方政府は、そんな教師の行為を禁じる動きにも出ている。ウェイシンが中国の教育現場で普及して4年以上たち、行政や教師、保護者がそれぞれ問題点を洗い出し、克服しようとする波が来ているように感じる。

 日本の教師も雑務削減策として、合理化できる事はバッサリ捨てるとともに、文明の利器も臨機応変に用いてみたらよいと思うが、実際のところは「言うは易く行うは難し」なのだろう。

 考えてみると、学校に限らず日本では新しい案はたとえ良いところがあったとしても「塩漬け」になることが多い。それこそ全方位からくまなく検討した結果、「完璧」と判断されないと実用化されにくいからだ。なぜ、そのようなことになるのか? 失敗を犯すのは避けなければ、という心理があるからだろう。対して、中国では厳密に追究せずにとにかくやってみる。その後に問題が“噴出する”のはある意味、「織り込み済み」だ。問題は出てきたら、「その時点で対応する」という行動パターンが定着している。これは、日本人からすれば「緩い」と映るに違いない。だが、「寛容」とも言えるのではないか。

 近年、「アジアのシリコンバレー」と言われるまでに急成長している中国の深セン地区への関心が日本でも高まっている。中国経済を専門とする神戸大学の梶谷懐教授は近著「中国経済講義」において、中国で起きているイノベーションには三つの特徴があると指摘。その一つとして、「なし崩し的ルール追従」を挙げる。中国では企業が政府の規制を無視した行為をとり、なし崩し的に「制度」を変化させることが往々にある。配車サービスの「滴滴出行(ディディ)」や、シェアリング自転車などの全く新しいビジネスが中国で急速に普及したのも、こうした「なし崩し的ルール」があるために成しえたのだとする。

 確かに、これらのビジネスが出始めた当初、政府は傍観・黙認し、問題が出そろったあたりで規制と合法化に乗り出した。全国に広がったウェイシンの学級空間での利用についても行政は長らくノータッチだったのにも少し似ている。

 中国社会にはこうした「曖昧さ」があふれているが、それは必ずしもマイナスなことばかりではなく、「柔軟性」というプラスの方向に働くこともしばしばある。「問題は起こるだろうが、とにかくやってみよう」という曖昧さと柔軟性を包容する中国社会。ウェイシンについても「使ってみた、問題もある、じゃあ、そこは改善しよう」という段階に来ているようだ。こうした「なし崩し的」に駒を進める行動様式は中国のイノベーション促進要因の一つになっているのかもしれない。梶谷教授の指摘に膝を打った。(北京在住ジャーナリスト、斎藤淳子=共同通信特約)

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