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47リポーターズ

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【特集】アーチェリー山本まだまだ「中年の星」 57歳でも五輪へ

2018.11.5 14:12 共同通信

 2004年アテネ五輪のアーチェリー男子個人で、41歳にして銀メダルを獲得し「中年の星」と注目された山本博(日体大教)=55=は、今も一線で競技に取り組んでいる。照準の先にあるのは、57歳で迎える20年東京五輪だ。21歳で初出場し銅メダルを取った1984年ロサンゼルス五輪から34年。肉体的な限界を超えていく戦いを続けるアスリートの「境地」とは。

 ▽怖い先生

 27、28日、静岡県掛川市で開かれた全日本選手権。1回戦のシューティングに山本の強さの本質が垣間見えた。

 32選手が通過する予選は下から2番目。2位通過の相手、河田悠希は日体大3年。年の差34歳の「師弟対決」。山本にあったのは「最近は練習でも勝てなくなってるけど、楽に勝たすと2回戦以降に良くない」という“親心”だった。

 強い風が吹く難しいコンディションの中、山本は早め早めに矢を射て積極的に攻める。同点の末もつれこんだシュートオフ(1射のみ)では、約2センチ、山本の矢が中心に近かった。

 「風がなければ、9割方彼が勝っただろう。風の中に彼の盲点がある」と指導者の顔で振り返った山本。その横で、河田は「いざと言う場面でバシッと決めてくる。普段は怖くないけど、対戦すると怖い」と漏らした。

 ▽被験者の戦い

 山本は自分のことを「被験者」と表現する。「40歳を超えたあたりから、自分より年長の人はいなくなった」。体力的な衰えや故障への対処法で、範とすべき先例はない。

 16年3月には、長年違和感のあった右肩の筋肉が切れていることが判明し手術。医者には「1年間は競技活動は難しい」と言われたが「東京五輪までの時間を逆算」して踏み切った。リハビリから回復を続け、現在は弓の強度も手術前の強さに戻っている。

 今、直面しているのは疲労回復の問題。大会2日目の朝は、十分な睡眠をとったにもかかわらず前日より体が硬かったという。重さ3~5キロという弓を腕を伸ばして保持し、極度の集中力の中、弦を引き、矢を射る。首の後ろから両肩にかけての筋肉を中心に体力的な負担は見た目以上だ。

 その日最初の試合となった2回戦でシュートオフの末、敗退した。「たとえ勝っても、もう体がパンパン。先は難しかった」と山本。「今後の課題は、試合の最後まで筋肉の柔軟さを保てる身体」。さまざまな角度から具体策を検討し、導き出された結論に取り組む。自分を実験台にした戦いは続く。

 ▽最初の関門

 東京五輪の日本の出場枠は男女とも3。第1次選考会は来年11月。その年の各大会の成績を基に16人が参加し、8人に絞られる。その後20年3月に第2次選考会、4月に最終選考会と続く。

 最初の関門は来年11月に8位以内に入ること。「今の力は国内15~20位」と自己分析する山本は届くのか。「選考会の出場資格獲得のために春からトップについていけるスコアが必要。そのためにはこの冬に(力が)上がってないといけない」と表情を引き締めた。

 ▽技を極める

 これまで5度の五輪を経験し、一時は「五輪代表から漏れる恐怖心と戦っている」と吐露した時期もあった。しかし、年を重ねて五輪との向き合い方も変わった。「ぼくは自国開催の東京五輪だから頑張るという雰囲気に対しては非常に冷ややか」と打ち明ける。

 山本にとってアーチェリーとは「ライフワークとして、その技を極める」対象。五輪は「その中で最もレベルの高い大会」という位置づけだ。「東京五輪が集大成だとかは全然、考えていない。もし、その後も競技者としてこういう場にいられるなら24年パリ五輪にも、28年ロス五輪にも挑戦する」と当たり前のように話した。(共同通信=松村圭)

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