メニュー 閉じる

47NEWS

47リポーターズ

47リポーターズ

【第45回】言い訳したくない 署名集め辺野古住民投票 舞台でも「沖縄」問う

2017.11.11 10:00
Share on Google+ このエントリーをはてなブックマークに追加
新作の稽古に立ち会う坂手洋二さん。劇団の作品には、沖縄を舞台にしたものが多い。「オピニオンリーダーとしての宮城さんには政治の舞台でも活躍してほしい」と語る=10月27日、東京都小金井市(撮影・堀誠)
新作の稽古に立ち会う坂手洋二さん。劇団の作品には、沖縄を舞台にしたものが多い。「オピニオンリーダーとしての宮城さんには政治の舞台でも活躍してほしい」と語る=10月27日、東京都小金井市(撮影・堀誠)

 「憲法では、一つの自治体にのみ適用される法律を制定するには、住民投票が必要とされているって知っていた?」。7月19、20両日、東京・新宿のホール「スペース・ゼロ」に朗読劇のせりふが響いた。沖縄在住の劇作家、宮城康博さん(57)作・演出「9人いる!~憲法9条と沖縄2017~」のワンシーンだ。
 宮城さんや劇団「燐光群(りんこうぐん)」を主宰する劇作家、坂手洋二さん(55)らでつくる「非戦を選ぶ演劇人の会」が「引き返せない夏」と題し三つの朗読劇を舞台にのせた。
 ▽9条捨て去るのか

 「9人いる!」はそのうちの一つで、8人の登場人物が9人目を待っているという設定。いまだに実現していない9条の精神=平和主義を改憲で捨て去るのかという厳しい批判が込められている。
 残る二つは、坂手さん作・演出の「『反戦』落書きのススメ」と「戦場イラクからのメール」。共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法の施行や、9条改憲をめざす安倍晋三首相の発言に警鐘を鳴らす内容だ。
 沖縄県名護市出身の宮城さんは20歳で上京。1980年代に劇団「東京演劇アンサンブル」で活動したが、92年に帰郷し、企画・編集プロダクションを営んでいた。
 95年9月に米兵少女暴行事件が起こり、96年4月、橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使が同県宜野湾市の米軍普天間飛行場返還の日米合意を発表。条件とされた代替施設の建設先として白羽の矢が立ったのが、名護市の辺野古だった。
 「将来子どもから、建設が決まった時、何をしていたのと聞かれた時に、くだらない言い訳をする親にはなりたくない」
 そんな思いから、代替施設建設の可否を問う住民投票を実現しようと決意する。
 「名護市民投票」と名付け、必要な条例の制定を求める署名活動を開始。地方自治法に定められた有権者の50分の1以上を大きく超え、半数近い約1万7500人分の署名が集まった。97年9月、比嘉鉄也市長に条例制定を請求した。

 
 

 ▽衝撃の結末

 条例は市議会で制定され、住民投票が12月21日に実施された。市民の関心は高く投票率は8割を超えた。「条件付き」を含む「反対」は「条件付き」を含む「賛成」を上回り、有効投票の過半数となった。だが直後、衝撃的な出来事が起こる。
 3日後の24日、上京した比嘉市長は橋本首相に建設受け入れを伝え、市長辞職を表明したのだ。
 翌年2月に行われた後任を選ぶ市長選では、建設賛成派が擁立した前の市助役が当選。政権は、住民投票で「経済効果が期待できる」などとした条件付き賛成も少なくなかったことを突破口とみて、振興策などで反対派の切り崩しを図った。
 当時を振り返り、宮城さんは沖縄の戦後史を描いた本のある一節をそらんじる。「沖縄人民は、戦後史上はじめて、歴史の主役としてその姿を地平にあらわした」。50年代、米軍による暴力的な土地の強制接収に対する県民の抵抗を端緒とした「島ぐるみ闘争」を巡る記述だ。
 闘争は結局、地代を巡る経済闘争に変質しやがて終息に向かった。辺野古を巡っても同様の構図が繰り返されないか―。宮城さんはしかし、投票結果が反対運動の原動力となったと信じている。
 反対派の稲嶺進氏が現在の市長となっているのも成果の一つ。辺野古移設反対を掲げる沖縄県の翁長雄志知事がしばしば口にする「自己決定権」の原点も名護の住民投票にあるのだと。

沖縄県名護市役所の前に立つ宮城康博さん。住民投票の旗振り役として、その後市議として、市役所には市民、職員らと熱っぽい意見を交わした思い出が残っている=10月13日(撮影・堀誠)
沖縄県名護市役所の前に立つ宮城康博さん。住民投票の旗振り役として、その後市議として、市役所には市民、職員らと熱っぽい意見を交わした思い出が残っている=10月13日(撮影・堀誠)

 ▽権威帯びない

 住民投票の後、宮城さんは市議を計3期務め、その間に敗れたとはいえ市長選にも挑戦した。2006年以降は政治から距離を置き、ここ数年は演劇活動に力を入れる。
 3月、米軍基地内で働く日本人群像を描いた坂手さんの作品をかつて所属した劇団が上演した。宮城さんは上京し沖縄言葉を指導。6月には、自身の戯曲が同じ劇団で上演された。
 現在は伝説、伝承を基に沖縄の権力と民衆との関わりを描いた戯曲を構想中だが、友人の学者らと一緒に沖縄への無理解をただす本の執筆に取り組み、戯曲はなかなか進まない。米軍がからんだ事故や事件。沖縄では問題が次々起こるのだ。
 長年の友人である坂手さんは、宮城さんが「演劇に戻ってくれたのはうれしい」と語る。同時に「政治にも関わってほしい」と注文も付ける。
 坂手さんの劇団はこれまでも沖縄を舞台とした作品を多く手がけ、11月には名護の人々とクジラの関わりを描いた新作「くじらと見た夢」を上演する。沖縄をよく知る坂手さんの呼び掛けに、宮城さんは「今は(政治家のような)権威を帯びた人間として行動する気はない」と答えている。(共同=中川克史)

関連記事 一覧へ