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スポーツ自体が素晴らしい 五輪に理屈はいらない  玉木正之(スポーツ文化評論家) リレー評論「解読オリンピック」

2021.8.1 11:00 共同通信
玉木正之さん
玉木正之さん

 1964年の東京五輪での出来事である。

 
 記録映画の撮影で市川崑監督がスタッフと駒沢競技場でサッカーを撮影していると、和服姿の老女が約10人、近寄ってきてこう言った。
 
 「オリンピックはどこでやってるのですか?」
 
 オリンピックなら目の前で、と言いかけた言葉を市川監督はのみ込んだ。日本全国が五輪ムードに染まる中、日の丸の描かれたチケットを手にオリンピックにやって来てみたら、男たちがただボールを蹴り合っているだけ。
 
 「オリンピックはどこで?」というおばあさんの言葉を聞いた市川監督は、以来「五輪とは何か?」を、考え続けたという。
 
 五輪がサッカーや水泳や陸上競技やレスリング―など、さまざまなスポーツを集めた「スポーツの祭典」で「平和の祭典」「人類の祭典」だと誰もが心得ている今日では、「昭和の老女たち」のような疑問を抱く人は皆無だろう。が、新型コロナウイルスの感染症拡大でほとんどの競技が無観客となり、テレビ観戦を余儀なくされた今回の大会でも、「平和の祭典」「人類の祭典」と言えるのだろうか。
 
 卓球混合ダブルスの水谷・伊藤ペアの準々決勝ドイツ戦での大逆転劇や決勝中国ペアとの一戦では、本当に素晴らしいアスリートのパフォーマンスに酔った。今大会で初めて五輪競技となったスケートボードの日本人選手の活躍はスポーツの楽しさに満ち満ちていた。さらにソフトボール決勝戦の攻防の素晴らしさ!
 
 スポーツはどれもこれも面白い。さすがにオリンピックは4年に1度の晴れ舞台だけに、勝った選手の喜び方は他の大会よりも大きくなり、負けた選手の悔しさと悲しさは悲痛なものにもなる。
 
 が、スポーツに現れる奇跡と呼べるほど美しいパフォーマンスも、無残に犯してしまった失敗も、同じスポーツであるからにはオリンピックも他の大会も変わるものではない。それは大谷翔平の活躍、世界選手権、ワールドカップの興奮と同種のものだ。
 
 五輪とは何かと考え続けた市川監督は、64年の記録映画の最後をこう結んだ。《この創られた平和を夢で終らせていゝのであろうか》
 
 市川監督の映画はスポーツする人間の肉体と精神の素晴らしさを余すところなく表現した素晴らしい作品だ。が、このエンディングの言葉は曖昧で現実味がなく、少々無責任。それは多分「世界平和」というできもしない目標をオリンピックが掲げているからだろう。
 
 スポーツという素晴らしい人類の文化を4年に1度行いましょう! 五輪は、それだけで、ずっと素晴らしいものになるはずだ。オリンピックにどんな理屈も付け加えてはいけないのである。そもそもスポーツは本質的に素晴らしいものなのだから。
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 たまき・まさゆき 1952年京都市生まれ。東大中退。雑誌記者を経て、スポーツや音楽の評論家。「スポーツ解体新書」「スポーツとは何か」など著書多数。