メニュー 閉じる メニュー

好きな競技の価値を高める  観戦、大会後も継続して 津村記久子(作家) リレー評論「解読オリンピック」

2021.7.31 11:00 共同通信

 期待値は地に落ちた感のある五輪だったが、とにかく選手たちは日本に来たのでテレビで観

(み)た。
津村記久子さん(ⓒ講談社)
津村記久子さん(ⓒ講談社)

 

 自転車男子ロードレースは、リチャル・カラパス(エクアドル。笑顔が素敵(すてき))の優勝は納得の試合運びのうまさによるものとして、2位争いの集団スプリントに関しては、少しでもロードレースを観ている者なら「(ワウト・)ファンアールト(ベルギー)だろう」と決めて終わりなのだが、それに昨年、今年と連覇のツール・ド・フランス王者タデイ・ポガチャル(スロベニア)が食い下がったのは予想外で、ファンアールトが僅差で勝ったものの、ツールも五輪も全力を尽くす3位のポガチャルの勝負に対する力を出し惜しみしない姿勢に感心した。


 マウンテンバイク(MTB)男子クロスカントリーは、ハイライトでしか観たことのなかった競技で、ロードでも活躍するマチュー・ファンデルプール(オランダ)とトーマス・ピドコック(英国)が出場しているので観ることにした。舞台となった伊豆MTBコースの複雑さにとにかく驚く。岩や勾配でさまざまな高低差が付けられた巨大な回遊式庭園をマウンテンバイクで走り回るという様子は観ているだけで楽しい。岩場をジャンプする場所には〈SAKURA DROP〉、コースで一番の急勾配には〈WASABI〉、内周に美しい庭園を擁するコーナーには〈IZU PENINSULA〉、などといった詩的な名前が付いていることにも熱意を感じる。38人の選手たちが砂煙をあげながらスタートダッシュをする光景は圧巻だった。


 解説さんもおそらく世の中の人も自分自身も「優勝はファンデルプールだろう」という予測だったのだが、ファンデルプールがジャンプで転倒してレースは一気に読めなくなる。その後はスイスのシュルターが先頭を走っていたのだが、30分を過ぎたところで5月に鎖骨を折ったというピドコックがトップに出る。ピドコックは身長170センチと比較的小柄なのだが、その体格で厳しいコースに立ち向かう姿は凜々(りり)しい。


 優勝はピドコック、2位はフリューキガー(スイス)、3位はバレロセラノ(スペイン)という結果で、今回4回目の出場の日本の山本幸平(やまもと・こうへい)選手は29位で手を合わせてゴール。注目していたファンデルプールはリタイアとなった。とても残念だけれども、MTBクロスカントリーのおもしろさは十分に知られたと思う。


 この五輪で何か興味のある競技ができた人は大会の後も継続して観て頂(いただ)きたいと思う。個人的には、五輪の価値の不当な高さがさまざまな人々を苦しめていると感じるのだが、そこから解放されるには、一人一人が自分の好きな競技の価値を高めていくことしかないのではと思う。
   ×   ×
 つむら・きくこ 1978年大阪市生まれ。「ポトスライムの舟」で芥川賞。川端康成文学賞や紫式部文学賞などを受賞。近作「サキの忘れ物」など著書多数。