メニュー 閉じる メニュー

大人も子供も「みんなガス室に向かった」 戦後75年、ユダヤ人女性が見た無数の死 アウシュビッツ生存者の消せない記憶(1)

2020.10.22 11:00 47NEWS
アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)に到着し、選別を受ける人々。制服姿で手前に立つのはナチス親衛隊員、左手前の縦じまの服の人々は収容者。1944年、親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)

アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)に到着し、選別を受ける人々。制服姿で手前に立つのはナチス親衛隊員、左手前の縦じまの服の人々は収容者。1944年、親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)

 第2次大戦中、ナチス・ドイツが占領下のポーランドに設置したアウシュビッツ強制収容所がソ連軍に解放されて今年で75年になった。欧州各国から約130万人が移送され、110万人以上が命を落とした。ガス室 ...

関連記事 一覧へ