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体操ニッポン、ソ連圧倒 1964年10月20日 「再現日録 東京五輪の10月」(20)

2020.10.20 8:00 共同通信

 

1964年10月20日、体操男子で個人総合優勝した遠藤幸雄選手の鉄棒
1964年10月20日、体操男子で個人総合優勝した遠藤幸雄選手の鉄棒

 

 東京五輪の体操男子が20日、東京体育館で行われ、日本が悲願の個人総合のタイトルを獲得した。団体総合も2連覇を達成。ライバルのソ連を圧倒し「体操ニッポン」の実力を世界に示した。

 日本は選手団主将で、メルボルン大会、ローマ大会で個人総合2位の小野喬(おの・たかし)選手が肩の痛みを注射で鎮めながら出場。新エースの遠藤幸雄(えんどう・ゆきお)選手が小野選手の分までチームを引っ張った。跳馬で「ヤマシタ跳び」の山下治広(やました・はるひろ)選手ら各選手が最高難度を上回る「ウルトラC」の技を次々決めた。

 遠藤選手は最後のあん馬で硬くなったのか尻もちをつくミスを犯したが、それまでの貯金を生かして個人総合2連覇を目指したシャハリン選手(ソ連)を破った。

 柔道が20日始まり、軽量級で中谷雄英(なかたに・たけひで)選手が金メダル第1号に輝いた。

 陸上女子800メートルのパッカー選手(英国)は優勝するや、英国陸上チーム主将のフィアンセの胸に飛び込んだ。準決勝の記録が悪く決勝を棄権してショッピングをする計画だったが、婚約者がメダルを逃したため、将来の夫の名誉をかけて走ることを決意したという。「自分ではなく彼のことだけを考えた」。

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 愛は強し―。「ウルトラC」はテレビ中継で連発されたこともあって瞬く間に国民に浸透。“テレビ五輪”を象徴する言葉となった。(国名や組織・団体名、競技名、肩書などは当時の呼称に従っています。 共同通信=小沢剛)

(※1枚目の写真は、白黒写真を人工知能(AI)でカラー化しました。実際の色合いと同じとは限りません)

 

1964年10月20日、陸上女子800㍍で優勝し、フィアンセの男子選手と抱き合って喜ぶ英国のパッカー選手
1964年10月20日、陸上女子800㍍で優勝し、フィアンセの男子選手と抱き合って喜ぶ英国のパッカー選手