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我が道を行く母性の王国 一夫多妻が独裁支える エスワティニ(旧スワジランド)

2020.3.2 16:00 共同通信

 広場を埋め尽くした未婚の女性は、公式発表で9万人。人波を縫うように、黄金のつえが移動してゆく。「キング」が走っているのだ。
 エスワティニ(旧スワジランド)の首都ムババーネ郊外で毎年9月に催される「ウムフランガ」は、大人になる娘たちが王家に忠誠を誓う伝統行事だ。アシを刈り、王の生母である「クイーン・マザー」の館にささげる。かつて家屋の建材だったアシに、忠誠心を込め、民族伝来の踊りを披露する。露出した胸は母性の象徴だ。
 生母と並んで見物していた国王ムスワティ3世が、玉座から広場へ下りると熱気は最高潮に。
 突然、1人の少女が王へ駆け寄り、警護員が荒々しく取り押さえた。翌日の新聞は、王が警護員をいさめ、少女は王に踊りを披露したと報じた。「慈悲深い王様」の姿が国民の心に植え付けられてゆく。

伝統行事ウムフランガで踊りを披露した女性たち(手前)に感謝を示す国王ムスワティ3世(中央)。背後に多数の王族を従えている=19年9月、ムババーネ郊外(共同)
伝統行事ウムフランガで踊りを披露した女性たち(手前)に感謝を示す国王ムスワティ3世(中央)。背後に多数の王族を従えている=19年9月、ムババーネ郊外(共同)
 

 ▽数の力
 アフリカ最後の絶対王政が揺るがない。ライオンの化身である王と、ゾウの化身である生母の2人が国の支配者と考えられている。18歳で即位したムスワティ3世は今51歳。これまで15人の妻を迎えた。王子、王女の数は30人以上。先代の王には約70人もの妻があった。「ウムフランガ」はかつて、王が新しい妻を選ぶ場でもあった。
 ムババーネの行政庁舎。トイレに無料の避妊具が備えてある。エイズウイルスの感染者は、ほぼ4人に1人。おおらかな性には負の側面も。ある政府高官が匿名を条件に「国のかたち」を語った。
 「一夫多妻は王家をはじめ、裕福な人々の伝統なのです。この国は王と生母を頂点に、王が任命する『チーフ』と呼ばれる族長が地域を支配しています。族長は世襲で複数の妻がいます。王は族長を通じて国を統括するのです」
 「ウムフランガ」では、赤い羽根を髪に挿した女性が目立った。王家の血筋を引く者だけに許される飾りだ。人口約130万人の小さな国で、なぜこれほど王族が多いのか。答えは一夫多妻の伝統にあった。
 王族は男子が複数の妻を持つのでどんどん増える。地方では族長の家系も、一夫多妻制のもとで拡大の一途をたどる。一方で庶民は貧しく、複数の妻を養えない。母性が育む血の結束と数の力が、絶対王政を支える。 ▽もろ刃の剣 政党は禁止されている。「政党は意見の対立を生み、分断を招きます。この国にはなじみません。アフリカの他の国をご覧なさい。さまざまな対立が流血を招いているではありませんか」。高官は誇らしげだった。

伝統行事ウムフランガで、国王とその生母に向けて踊りを披露する女性たち。歌声が響き、全身が躍動する=19年9月、ムババーネ郊外(共同)
伝統行事ウムフランガで、国王とその生母に向けて踊りを披露する女性たち。歌声が響き、全身が躍動する=19年9月、ムババーネ郊外(共同)

 だが異論が全く封じ込まれているわけではない。ムババーネのスワジランド教職員全国評議会を訪ねた。「組合という名称は禁止されていても、実質的な労働組合です」。総書記のシケレラ・ドラミニ(39)は迷彩服を着て、赤いベレーをかぶっていた。まるで兵士のようだ。この日はストライキとデモを呼び掛ける動画を撮影するので、仲間の闘争心をかきたてる服装だという。
 「今の給料では、もう暮らしていけない。それなのに、キングはぜいたくの限りを尽くしている。彼は金もうけにとても熱心です。王族は税金さえ免除されているのです」
 主要農産物のサトウキビ生産や地下資源の多くを、王家が支配していると言われる。王は専用の大型ジェット機に乗り、黄金の部屋で誕生日を祝う。情報通信・技術相に王女を据え、先端ビジネスにも目を光らせる。
 だが金もうけはぜいたくのためばかりではない。王族が増えれば、配分する富や利権も増やさなければ追い付かない。血筋に依拠する支配は、安定も保証するがコストもかさむ。一夫多妻はもろ刃の剣でもある。

 ▽貧困
 貧困家庭を支援する台湾の非政府組織「家扶基金会」の車に同乗して、首都から南へ向かった。悪路に揺られ山を幾つも越えた先に、族長区「カンブホケ」があった。
 昼下がりの強い日差しが質素な建物に注ぐ。周辺に大勢が集まっている。女性が大きな鉄釜で米を炊き、豆のスープをかけて子どもたちに配っている。月曜から金曜まで毎日1回の炊き出しだ。未就学児童が対象だが、老人や大人も並ぶ。国連の世界食糧計画が日本の政府米を届け、「家扶基金会」が資金を援助、施設の運営を助けている。
 施設の責任者であるザケアス・ファクーゼ(57)によれば、この施設では118人の子どもを登録、保育園の開設も計画している。だが水道がないので、飲料水を雨水に頼る。「どの家庭もひどく貧乏なのです。両親がいるのは一握り。ひとり親がいても仕事がない」
 施設の土地は族長が提供した。ここでは族長が全てを差配する。族長区は「チーフダム」と呼ばれ、その集合体が「キングダム(王国)」だ。多くの族長の頂点に国王が君臨する。王政は地方の隅々にまで根を下ろしている。だが国を覆う貧困は出口が見えない。(敬称略、文・松島芳彦、写真・中野智明)

取材後記

伝統と近代

地図
 

 スワジランドがエスワティニになったのは、独立50周年と国王の誕生日を同時に祝った2018年4月。英語の国名を捨て、「スワジ人の土地」を意味する名称を採用した。
 旧宗主国の英国が育んだ近代的な立憲君主制を否定、伝統の絶対王政を貫く意思表示だった。
 牛を単位とする価値体系が伝統を象徴する。族長が新たな妻を迎えるときは、その親族に牛17頭を贈るのが相場だ。ムスワティ3世は、エイズ拡散を防ぐため、10代の若者に性行為を禁じたが、自分が10代の少女と結婚したので、罰として牛1頭を納めた。
 もちろん貨幣経済もあるが、金銭格差が社会不安に転化しない。今はまだ、伝統が近代をのみ込んでいるのだ。

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