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宗教のタブーに挑む ヒジャブ姿のプロレスラー マレーシア

2020.2.10 15:59 共同通信

 「飛べ、フェニックス、飛べ」。興奮した観客の掛け声が響く。特設リングのコーナーポストに上った小柄な女性が、横たわる対戦相手を目がけ、宙を舞った。「フェニックス(火の鳥)」のリング名で闘う身長155センチ、体重43キロのマレーシア人ノル・ダイアナ=仮名=(20)。イスラム教徒の女性が髪を覆う布「ヒジャブ」を着けて闘う初のプロレスラーだ。
 フィリピンの首都マニラの商業施設で開かれたプロレス大会。イスラム教の戒律に従って肌を露出しないよう、衣装は長袖に長ズボンだ。
 遠征先の今回は女子と闘ったが、女子選手の少ないマレーシア国内で対戦相手は男子ばかり。イスラム教に反するとの批判を受けながら、タブーにとらわれず、夢を追う姿は国内外で共感を呼んでいる。

マニラで行われた試合で、必殺技を駆使して相手選手を組み伏せるノル・ダイアナ。女子選手の少ない国内と違い、初の海外遠征となったフィリピンでは女子選手との対戦で見事勝利を収めた=19年7月、マニラ(共同)
マニラで行われた試合で、必殺技を駆使して相手選手を組み伏せるノル・ダイアナ。女子選手の少ない国内と違い、初の海外遠征となったフィリピンでは女子選手との対戦で見事勝利を収めた=19年7月、マニラ(共同)
 

 ▽憧れ
 ノルは姉3人と弟1人の7人家族で、首都クアラルンプール近郊で育った。プロレスと出合ったのは14歳の時。5歳年下の弟とプロレスのテレビゲームに夢中になり、実際に一緒に技を練習するようになった。格闘技が好きな父カマルルザマン(43)とテレビでプロレスの試合を見て「カリスマ性のある」米国の女性選手に憧れた。
 「プロレスをやりたい」。高校生だった2015年11月、マレーシアで唯一のプロレスジムに女性が加わったことを知り、両親に頼み込んだ。
 「やるなら真剣に取り組みなさい」と父は背中を押した。一方、母シリンシャフィナ(44)は、「プロレスなんて女の子のスポーツじゃない」と反対。約1600グラムの未熟児として生まれたノル。母は小柄でスポーツの経験もない娘がけがをしないか不安だったが、熱意に押されて見守った。
 高校に通いながら練習に打ち込んだ。「私たちよりプロレスの方が大事なの」。遊びの誘いを断り、練習を優先する生活は友人になかなか理解してもらえず、試合に誘っても反応は冷たかった。それでもプロレスで生計を立てられる日を夢見て、卒業後は病院で働きながら練習を続けた。

 ▽覆面姿
 マレーシアは人口の約7割がマレー系のイスラム教徒だが、中国系やインド系も暮らす多民族国家のため、規律は緩やかだ。ジムの男性コーチ、アエズ(31)は「宗教を理由に誰かの夢を妨げるのはフェアじゃないし、イスラム教らしくない」と、ノルを受け入れた。
 所属する約30人のうち、女性は数人。イスラム教徒の女性はノルだけだ。ヒジャブが取れないように布で縛る方法を編み出し、男性に囲まれて投げ技や受け身などの激しい動きを特訓した。
 16年2月、大会に出られなくなった女性選手に代わり、ノルが初出場。アエズは「強い選手になってほしい」との願いを込め、フェニックスと命名。世間の厳しい反応も予想されたため、最初の約3年間は覆面姿だった。
 だが、試合出場の機会は少ない。「みんな、セクシーな衣装を着た女子選手を見たいからじゃないか」。悔しい気持ちを抑え、技を磨いた。18年12月、試合に負けて恐る恐る覆面を外し、ヒジャブ姿を公開。ファンの反応は意外と温かく、ほっとした。

自宅で母シリンシャフィナ(左)とくつろぎ、にこやかに笑うノル・ダイアナ。リングを下りると、物静かで知的な表情が垣間見える=19年8月、クアラルンプール近郊(共同)
自宅で母シリンシャフィナ(左)とくつろぎ、にこやかに笑うノル・ダイアナ。リングを下りると、物静かで知的な表情が垣間見える=19年8月、クアラルンプール近郊(共同)
 

 だが、試練は19年7月に訪れた。マレーシアの大会で優勝、その姿を米国の著名選手が会員制交流サイト(SNS)で「ヒジャブを着けて闘っている」と紹介。ノルのSNSのフォロワー数は2日間で600人から1万人に跳ね上がった。
 同時に、インターネット上で賛否両論が巻き起こる。「マレーシア初の女性チャンピオン」「かっこいい」と称賛の声がある一方、「男性とプロレスをするなんて、イスラム教徒の女性として恥ずかしい」「男女が触れ合うのはイスラム教に反する。アラーの導きを願う」などと責め立てる投稿が目立った。
 「有名にならなければ、今までみたいにプロレスに集中できたのに」。批判は「気にしない」と自分に言い聞かせながらも、ネット上の厳しい投稿に思わず顔を背ける。

 ▽「火の鳥」に変身
 もともとシャイで慎重な性格のノルは「リングでは自分でも驚くほど別人になれる」と話す。素早い動きでロープから跳ね返り、勢いよく対戦相手を張り倒す。試合終了のゴングが鳴ると自信に満ちた表情でチャンピオンベルトを掲げる。
 ノルの影響で8月、ジムに女性3人が新たに入会した。その1人、イスラム教徒のニナ(21)は当初、ジム入りを母に反対されたがノルの活躍をニュースで知り、許してくれたという。
 ノルの目標はプロレスでキャリアを築くことだ。貯金ができたら日本に渡り、「日本式の迫力あるプロレス」を身につけたいと考えている。
 「プロレスは私に自信を与えてくれた。くじけそうになっても、また火の鳥みたいに昇っていく」。最初はしっくり来なかった名前が自分に合っているように思える。(敬称略、文・鈴木理紗、写真・村山幸親)

取材後記

進むイスラム保守化

地図
 

 マレーシアではヒジャブを着けなかったり、飲酒をしたりするリベラルなイスラム教徒もいるが、近年は保守化が進み、多民族国家に亀裂が生じているとの懸念がある。
 イスラム政党が支配する北部クランタン州ではイスラム法に基づく「石打ち」などの厳罰を導入しようとする動きも。2017年には国内で企画されていた複数のビール祭りが同政党などからの反発により中止となった。
 18年5月の政権交代で就任したマハティール首相。「多民族の融和」を掲げているが、野党は民族・宗教問題を利用して国民の不満を高めようとしており、難しい政権運営を強いられている。 

 

 

 




 


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