人類の起源たどる考古学者  「貝を食べて生き残る」 南アフリカ

2020年01月14日
共同通信共同通信

 荒々しい岩場にインド洋の波が激しく打ち寄せる。聞こえるのは波と風の音だけ。木製の階段を下りると、切り立つ岸壁の中ほどに洞窟の黒い穴が見えた。直径は10メートルもなく、中は数十人入れる程度だ。
 南アフリカ南部の港町モーセルベイのピナクルポイント岬。米アリゾナ州立大教授カーティス・マレアン(59)が洞窟で、長年の発掘や考古学研究から導いた自説を物柔らかに語り始めた。
 「われらの祖先はかつてアフリカ南岸で貝を食べて生き残り、この洞窟は避難先の一つだった」

 ▽絶滅の危機
 76億に達し、今も増え続ける人類はどこから来たか。同大人類起源研究所副所長も務めるマレアンは、われらの発祥の地アフリカで現生人類ホモ・サピエンスの祖先の痕跡を探し、考えてきた。
 米国の一般家庭に生まれた。「なぜかアフリカに子どものころから魅了」され、自然科学の番組にも目がなかった。
 米国の大学で考古学を学んだ後、当初はケニアなど東アフリカで発掘に当たったが、持論を深く追究したいと1991年に研究先を南アフリカに変更。「反対していた(南ア白人政権の)アパルトヘイト(人種隔離)政策が終わろうとしていた」ことが後押しになった。
 ホモ・サピエンスは化石研究などから、20万年前にはアフリカ大陸で生まれたとされている。ただ約19万年前~約13万年前に氷期が訪れ、アフリカは乾燥化。サハラ砂漠は今より拡大し、「大陸の大半は祖先が食料を得るには厳しい環境になった」とマレアンは語る。

発掘を行った南アフリカ南岸のピナクルポイント岬の洞窟から、海を示す米アリゾナ州立大教授のカーティス・マレアン=19年7月(共同)
発掘を行った南アフリカ南岸のピナクルポイント岬の洞窟から、海を示す米アリゾナ州立大教授のカーティス・マレアン=19年7月(共同)
 

 現代人の遺伝的多様性が非常に乏しい事実により、ホモ・サピエンスの人口がかつて激減したことも分かってきた。マレアンは、祖先が「誕生後の氷期に絶滅しかけ、海の幸を新たな食料源として生き残った」と考えた。
 そこで、植物の種類が極めて多く自然環境が豊かな南ア南岸のこの洞窟に注目し、2000年に発掘を開始。氷期の16万4千年前の地層から食料とした貝殻を多数発見し、「海産物の摂取を示す世界最古の遺跡で、人類が食料を求めて陸から海に向かった証拠だ」と07年、英科学誌ネイチャーに発表した。

 ▽協同性
 洞窟からは顔料や大量の石器も見つかった。顔料は「壁画や化粧といった象徴的行為に使っていた」とマレアン。
 石器を詳細に調べ、定説よりかなり前から意図的に石を熱処理していたことや、鋭い刃を持つ細石器を作り狩猟時の飛び道具としていたとみられることも判明。ホモ・サピエンスが認知能力や情報伝達能力を従来考えられていた時期より早く進化させていたことが分かった。
 こうした発見からマレアンは「祖先は海辺で生き残り知能を進化させつつ、集団間の縄張り意識も強めていったはずだ」と議論を進める。散在する陸の食料源より、貝などは特定場所での入手が予測しやすいからだ。
 「同時に、血縁がなくても集団内で『協力しよう』とする他の動物にない独自の性質も獲得していった」。さらに続けた。「『協同性』と飛び道具を武器にホモ・サピエンスはアフリカを出て、ユーラシア大陸のネアンデルタール人ら旧人を滅ぼしていったのだろう」

 ▽他者の排除
 他の学者には異論もあり、最近は考古学上の新発見も相次ぐ。マレアンは、科学は多様な仮説から真実が導かれるとし「自分の説は誤りかもしれないが、ここが人類の原点と信じる」と穏やかに話す。

地図
 

 地元政府は、岬周辺を含めた南岸の複数の洞窟を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録したいと狙う。担当幹部は「これらの洞窟は人類の起源や認知能力の進化、失われた文化を示し、他に存在しない貴重な遺跡だ」と期待を込める。
 マレアンは今、近くの別の洞窟で新発見を目指し発掘を続ける。現地スタッフを約10人雇い育成も始めた。母国の米国と南アを年数回行き来する生活を送るが、この場所に研究所を設立するのが目標だ。
 最後に彼に聞いた。考古学者として、人類はどこに向かうと考えるか?
 マレアンによると、ホモ・サピエンスは地上で「最も侵略的な種」だ。「人類は生来、戦闘的だが、文明化を進めるため戦いをやめてきた」。それは進化の「予想外の結果だ」とみる。
 一方「必要な資源を得るため自身と異なる人を『他者』と見なし、排除する性質も生来のもの」と話す。そうした排除の傾向は米国を含め世界で近年強まっているとも感じる。自国第一主義、ナショナリズムの高揚…。
 その克服には文化や教養、そして南アや米国で深刻な「貧富の格差の解消が鍵になる」。だが人類の未来は、弱肉強食の末「SF小説が描くように、専制的な世界になるのかもしれない」。洞窟前の海をじっと見つめた。(敬称略、文・吉田昌樹、写真・中野智明)

取材後記

「最古の」民族

ナミビア北東部で狩りの実演をするサン民族の男性たち。アフリカ南部で古くから狩猟採集の生活をしてきたサン民族は「地上最古の民族」とされ、人類の祖先に最も近いと言われる=19年7月(共同)
ナミビア北東部で狩りの実演をするサン民族の男性たち。アフリカ南部で古くから狩猟採集の生活をしてきたサン民族は「地上最古の民族」とされ、人類の祖先に最も近いと言われる=19年7月(共同)

 南アフリカの後、隣国ナミビア北東部ツムクウェを訪れた。「地上最古の民族」とされ、人類の祖先に最も近いとも言われるアフリカ南部の狩猟採集民族サンを取材するためだが、現代化の波がいや応なしに彼らの暮らしにも押し寄せていた。
 サン民族は舌打ちの音のようなクリック音を使った言語を持ち、身長が低く肌は黄褐色。獲物や水を求めて移動生活を続けてきたが、近年は定住化が進み、町に出て就職する人もいる。携帯電話を使う人も多い。
 集落の首長カオ(58)によると、規制もあり狩猟の機会は激減したが、子どもらに技術や手法は伝授している。「自身のルーツを教え、文化を守ることは重要だ」という言葉が耳に残った。(敬称略)