日本育ち、韓国代表で目指す東京五輪 柔道、在日3世の安昌林

2019年12月12日
共同通信共同通信

昨年9月の世界選手権男子73㌔級で、橋本壮市(右)を破り優勝した安昌林=アゼルバイジャン・バクー(共同)

昨年9月の世界選手権男子73㌔級で、橋本壮市(右)を破り優勝した安昌林=アゼルバイジャン・バクー(共同)

 

 2020年東京五輪・パラリンピックには国の枠を超えたアスリートも集う。生まれ育った土地や文化圏を離れ、大舞台を目指す者。両親の異なる国籍、ルーツを背負う者。それぞれが直面する葛藤や、その先に見る夢を描く。

 ◇   ◇

 柔道男子73キロ級で昨年の世界選手権を初制覇した安昌林(アン・チャンリム)(25)=韓国=は、在日3世として京都市で育った。神奈川・桐蔭学園高、筑波大で活躍し、大学2年の終わりに韓国代表として闘うことを決意。自分の意志を貫き、懸命に生きてきた。

 「チャンスだけはくれ!」。父、安泰範(あん・やすのり)氏(54)の脳裏には、当時11歳だった息子の叫びと真剣なまなざしが焼き付いている。京都朝鮮第一初級学校の卒業を控え、安昌林は「柔道で強くなるため」と、朝鮮学校ではなく京都・八条中への進学を希望した。

 周囲の在日社会の反対もあり、父は何度も翻意を促した。手を上げたこともあるが、腫れた顔を涙でぐしゃぐしゃにした息子は折れなかった。父は回想する。「一歩も引くもんかという目。もうギラギラしていた。僕を見ながら、どこか遠くを見ているようだった。この思いを親がつぶしていいものかと感じた」

講道館の前で父親の安泰範さん(上)と記念写真に納まる初級学校時代の安昌林=東京都文京区
講道館の前で父親の安泰範さん(上)と記念写真に納まる初級学校時代の安昌林=東京都文京区

 

 体は大きくなく、運動能力も抜群ではない。八条中時代も目立たなかった安昌林の信条は「努力は人を裏切る。でも3倍努力したら裏切らない」だ。中学2年からの2年間は毎朝5時起き。30キロ以上の砂袋を詰めたタイヤを腰で引きながら近所の公園の小高い丘を何度も登り、中学進学の際に父と約束した全国大会出場を最終学年で果たした。柔道部監督だった森川半四郎(もりかわ・はんしろう)氏(49)は「練習試合でも負けたらボロボロ泣いていた。全国大会に出られなかったら柔道をやめると。他の子とは意志と覚悟が違った」と述懐する。

 高校、大学になると、外国籍の選手が出場できる大会は限られた。それでも「自分の代で国籍を投げ出すことはできない」と日本国籍を取得する道は選ばなかった。筑波大を中退し、韓国柔道界の名門、竜仁大に編入。日本以上に厳しい上下関係や練習に戸惑いながら、韓国代表として3年前にリオデジャネイロ五輪(3回戦敗退)の舞台を踏んだ。

 再び代表入りを狙う東京五輪まで1年を切った。韓国に渡ったことで、在日としてのルーツを意識する面もあるという。「韓国に来て、やっぱり(在日は)違うふうに映っているんだろうなと。差別がないわけではない。僕がメダルを取って、そういうのがなくなればいい」と願う。

 初級学校6年時の作文で「南朝鮮(韓国)に行き、国家選手になり、オリンピックに出て金メダルを取りたい」と書いた。壁を幾度も乗り越え、生まれ育った国での晴れ舞台を見据える。安昌林にとって東京五輪とは何か。母、南玽賢(ナン・スンヒョン)さん(53)は「全てはこのために、この子は生まれてきたと思えたりする」と巡り合わせに感慨を込めた。(共同通信=田井弘幸)

柔道男子日本代表の強化合宿に参加した安昌林(中央)=6月、東京都多摩市の国士舘大
柔道男子日本代表の強化合宿に参加した安昌林(中央)=6月、東京都多摩市の国士舘大

 

 

「運命の場所」で金目指す 日本の技、韓国の力で成長

 

 韓国・忠清北道(チュンチョンプクト)鎮川(チンチョン)のナショナルトレーニングセンターで練習を続ける安昌林(アン・チャンリム)が6月、東京五輪への意気込みを語った。

 ―五輪への思いは。

 「京都で育ったが、生まれは東京。日本で柔道を習い、韓国で五輪の金メダルを目指す僕としては(東京での五輪は)運命としか言えない場所。かといって特別に気負わず、いつも通りにやることが大事だと思う」

 ―日韓柔道の違いは。

 「日本は技術中心の練習だが、韓国は体力トレーニングの比重が大きい。きついが、量をこなせばさまざまな経験、パワーが身に付く。韓国で強くなれた部分もある」

 「日本は全選手が自分の形になれば一本を取れる技を持っている。韓国も一本を取る選手は増えてきたが、基本は激しく攻撃的で、体力で圧倒する柔道。力も技術のうちとたたき込まれている」

東京五輪への意気込みを語る安昌林(共同)
東京五輪への意気込みを語る安昌林(共同)

 

 ―大野将平(おおの・しょうへい)とのライバル対決が注目される。

 「成長が止まらない手ごわい選手。意識しないわけはないが、特別に何かするわけでもない。徐々にいける(勝てる)感じもしてきている」

 ―日本勢との対戦は。

 「(韓国選手は)みんな燃えますね。ただ深い考えや敵対心を持っているわけではなく、自らを奮い立たせるモチベーションの一つにすぎないように最近感じる」

 ―在日の自負は。

 「韓国に来て在日という存在を意識するようになった。『在日代表』と思って試合をしている。僕がメダルを取って、在日の存在や歴史に関心が集まれば」

 ―韓国での兵役免除も懸かる。

 「勝って免除になればいいと思うけど、免除されるために柔道をやっているわけじゃない。五輪で金メダルを取りたいだけ。親戚に当たる人が北朝鮮にいるので(兵役は)正直、現実味がない」

 ―将来の夢は。

 「柔道に限らず、在日のアスリートを韓国とつなげる仕事がしたい。才能のある選手を発掘して本格的にサポートしてみたい」

東京五輪への意気込みを語る安昌林(共同)
東京五輪への意気込みを語る安昌林(共同)

 

【在日の韓国五輪メダリスト】

 韓国代表で五輪メダルに輝いた在日選手 在日本大韓体育会によると、柔道で3人いる。第1号は1964年東京五輪中量級銅メダルの金義泰(キム・ウィテ)。72年ミュンヘン大会中量級の呉勝立(オ・スンリプ)は決勝で関根忍(せきね・しのぶ)に敗れて2位だった。金義泰が代表監督を務めた76年モントリオール五輪では中量級の朴英哲(パク・ヨンチョル)が3位。来年の東京五輪では安昌林(アン・チャンリム)のほか、女子57キロ級で昨年の世界選手権に出場した山梨学院大の金知秀(キム・チス)に期待がかかる。

 
 

 

 

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