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「ときを結ぶ」(27) 「専門紙」

2019.12.7 19:16 共同通信

紙面刷新も精神は生きる 
 賀川豊彦創刊、護憲訴え 若者意識のキリスト新聞  

 異色の講演タイトルだった。「イエスぱねえ マジ神すぎてワロタww」。インターネットの俗語を用いたこの言葉は「キリストはすごい」とでも訳せばよいのだろう。
 2016年、さまざまな世界で活躍するクリスチャンを招いた青山学院大での連続講演会。「愛するということ」などの中でひときわ目を引く演題は話題を呼び、会場は学生で満席になった。
 「バズりましたね」。会員制交流サイト(SNS)で爆発的に拡散した現象をネット言葉で表現するのは講演者の松谷信司(43)。1946年創刊の専門紙、キリスト新聞社(東京)の社長だ。17年に就任、生真面目で硬い紙面を若年層を意識して大胆に刷新し題字も「キリスト新聞」から「Kirishin」へ。
 その脇にあった目立つスローガン「平和憲法を護(まも)れ 再軍備絶対反対」も小さな英語表記に変更した。標語の提唱者は、キリスト教伝道者賀川豊彦(1888~1960)。同社の初代社長だ。

賀川豊彦はこの地で貧しい人々の救済に打ち込んだ。生誕100年の記念碑前で語り合う松谷信司(左)と波勢邦生=神戸市
賀川豊彦はこの地で貧しい人々の救済に打ち込んだ。生誕100年の記念碑前で語り合う松谷信司(左)と波勢邦生=神戸市

 ▽朝鮮戦争
 賀川は神戸の貧民街に住み、救済活動に打ち込んだ。体験を基にした自伝的小説「死線を越えて」は空前のベストセラーに。さまざまな社会運動の先駆的存在として弱い立場の人々を支え、ノーベル賞候補にもなった。
 神戸市中央区にある賀川記念館は、その幅広い仕事を知ることができる施設で、近くに生誕100年記念碑も。記念館の西義人(76)は、現代の社会保障や教育制度の隙間からこぼれ落ちる人に目を向ける必要性を説く。「先生が生きていたら当然対応するでしょう」
 福祉や労働分野での賀川の足跡は巨大だ。その陰で意外に知られていないのが新聞との関わり。終戦の年の暮れ、道徳の退廃を嘆く元判事の武藤富男(1904~98)に賀川は言う。「キリスト新聞をやってください」。教派を超えて幅広く報道するキリスト教ジャーナリズムの誕生だった。
 やがて朝鮮戦争が起きる。賀川は、憲法改正論議に鋭く反応した。「武藤さん、標語をキリスト新聞に出しましょう。『平和憲法を護れ、再軍備絶対反対』がよい」
 スローガンは53年8月15日号に掲載、9月から最も目立つ題字近くに。外せば広告を出すとの提案があったが断った、と武藤は後に回想している。紙面刷新で標語を英文に変えた松谷は「ビジュアルが今日的でない。昔ながらの新聞イメージを一新したかった」。
 ▽4こま漫画
 2006年にキリスト新聞社に入った。福島県出身で、両親は熱心なクリスチャン。首都圏で小学校の教員をしていた頃、所属教会で社員募集の告知を見た。キリスト新聞も賀川豊彦も知らなかった。「やるなら意義あることをしたいと考えてここまで来たが、社長になるとは思わなかった」
 読者は高齢化し、若者の新聞離れは顕著だ。若い世代が関心を持つようサブカルチャー路線を打ち出し、カトリックや正教会などを擬人化した学園物4こま漫画「ピューリたん」を掲載した。

新旧のキリスト新聞(上)と聖書に親しむカードゲームや学園物4こま漫画「ピューリたん」など
新旧のキリスト新聞(上)と聖書に親しむカードゲームや学園物4こま漫画「ピューリたん」など

 新聞以外でも若年層を意識した。遊びながら聖書に親しむカードゲーム「バイブルハンター」がヒットし、聖書入門の授業で使う大学も。野球カードゲームも発売した。講演会で「旧約、新約の聖書の登場人物が野球をするゲームです」と説明すると、笑いが起きた。どんな言葉や方法だったら彼らに届くか、そこを見据えて活動する。多少の波風は覚悟の上だ。
 ▽熱い取材
 もちろん、若者に受けるだけでよいとは考えない。標語を目立たなくしたが、平和や人権の思いは強く関連記事は多い。
 松谷の硬骨ぶりを示すエピソードがある。「聖職者による性暴力」の告発だ。「キリスト教メディアが取り上げないで何が伝道だ、と熱く取材した」。07年4月7日号「緊急ルポ 教会の“暴力”」に結実した。
 専門紙という立場で「教会のマイナス面をなぜ取り上げるのか」との批判も浴びたが、「キリスト教ジャーナリズムとして当然」と話す。発行する雑誌では牧師のうつを取り上げるなど現代と切り結ぶ姿勢を崩さない。
 松谷は教会内部の在り方にも心を砕く。所属教派、教会しか知らないため生まれる悩みがある。「キリスト教もいろんな教派がある。違う世界やコミュニティーを知ることは大切」と強調し、僧侶やムスリム(イスラム教徒)も書き手として登場させた。外部の目が「信仰や教会生活の益になる」と思うからだ。
 京大大学院で賀川を研究し、キリスト新聞に関わる波勢邦生(39)は、多様な手法を用いる点に賀川と松谷の共通点を見る。「賀川は実践に足場があり2人とも考えがリベラル。教会外からの評価が高い点も似ている」
 社会の閉塞化が進む中、松谷は教会の可能性に言及する。家でも学校、職場でもない居場所としての教会。だからこそ気軽な存在にしたい。初代社長の思いを現代に展開するにはどうするか。松谷は常に考え続ける。(敬称略、文・西出勇志、写真・藤井保政)

多彩な社会活動 

神戸・賀川記念館、キリスト新聞社
神戸・賀川記念館、キリスト新聞社

 10代で洗礼を受けたキリスト教伝道者の賀川豊彦だが、一般には社会運動家としての顔がよく知られているだろう。その活動は驚くほど多彩だ。
 労働組合や農民の運動を指導し、セツルメント(地域生活支援)活動を推進。関東大震災の際は神戸から東京に入り救援に奔走した。協同組合運動をリードした「生協の父」としても知られる。世界平和のための運動にも熱心に取り組んだ。
 日本より海外での知名度が高かったとされる賀川。賀川記念館や賀川豊彦記念松沢資料館(東京都)、鳴門市賀川豊彦記念館(徳島県)などが全国に五つある。思想や実践を再評価する機運が近年、高まっている。

 

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