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造水、節水、存亡かけ  資源小国の知恵 シンガポール

2019.10.1 17:18 共同通信

 熱帯のシンガポールには水にあふれたイメージがある。緑樹にたたきつけるスコールは日本の約1・5倍の雨量をもたらし、シンボルのマーライオンは水を噴き出す。
 だが、この国は1965年に隣国マレーシアから分離独立して以来、常に水不足にさらされてきた。「水の自給がすべての政策に優先した」。“建国の父”であるリー・クアンユー初代首相の回顧がすべてを物語る。
 ほぼ東京23区に当たる面積の平たんな島国は保水能力に乏しく、大きな河川もない。生命線である水はマレーシアからの輸入に頼らざるを得ない。2国間関係に軋轢(あつれき)が生じるたび、水の供給停止や値上げを駆け引きに使われ、水をつくりだすことが悲願となった。

 ▽切り札
 シンガポール人6万人が参加した2002年8月の独立記念式典。下水を高度処理し、飲用可能となった再生水「ニューウオーター」のペットボトルが国民に初めて配られた。
 「緊張したよ。自信はあったけれど、だれかが水のせいでおなかをこわしたら、と思って」
 再生水の開発を率いた公益事業庁幹部ハリー・シア(59)が振り返る。人々に交じり、シャンパンを味わうかのように乾杯すると、先輩技術者らの30年間の苦労が喉にしみわたる思いがした。
 お披露目は成功だった。水の自給へ光明が差した。「水がないなら、再利用するしかない」。水問題の雑誌が主宰する「世界水のリーダー25人」に選ばれたこともあるシアは言い切る。

再生水プラントで逆浸透膜装置を点検するエンジニア。プラントは24時間体制で稼働し「ニューウオーター」を供給している=3月、シンガポール(共同)
再生水プラントで逆浸透膜装置を点検するエンジニア。プラントは24時間体制で稼働し「ニューウオーター」を供給している=3月、シンガポール(共同)

 

 再生水は、下水処理した水を飲料レベルに達するまで精密ろ過膜、逆浸透膜、紫外線消毒―の3段階を経て製造される。米国の技術を参考に15万回の実験を重ねた。米国方式をより洗練させた3段階式で浄化を厳格にし、日本企業の優秀な膜処理技術も取り入れた。
 「研究を始めた1970年代は実用化が難しかったけれど、90年代に入り膜処理のコストと技術が飛躍的に改善した」。2000年に実証プラント稼働にこぎ着けたという。
 「飲料水として世界保健機関や米環境保護局のお墨付きを得ている」。シアは胸を張る。口に含むと、少し人工的だが癖のない味だ。ただ、一般家庭には直接供給されず、大部分は産業用水やビルの空調用冷却水などに使われている。乾期に一部を貯水池に混ぜ、通常の処理を経て上水道に届けられる程度だ。
 水源は独立当初、貯水池と輸入水の二つだけだったが、今や再生水と海水淡水化を加え四つに増えた。

 ▽伝承
 水の供給に余裕が出てきたせいか、渇水の記憶が薄れつつある。
 「パイプをちゃんと締めて。水が漏れちゃうよ」。強烈な日差しの下、校庭に児童らの歓声が響く。中心部に近いクレメンティ小学校で「給水制限訓練」があった。
 200人の4年生が班に分かれパイプをつなぎ、じょうごに水を流す。貯水池から蛇口まで水が運ばれる仕組みを学んだ。水道は止められ、児童らは慣れない手つきでバケツの水で手を洗った。
 教室の壁には「シャワーは5分で」「歯磨き中は蛇口を閉めて」などの標語。「ためた水で野菜を洗って、その水を植木にあげるって習ったよ」。リ・ユンシュアン(10)が得意げに話した。

「給水制限訓練」でパイプをつなぎ、水が運ばれる仕組みを学ぶクレメンティ小の児童。政府は次世代の節水教育に力を入れている=3月、シンガポール(共同)
「給水制限訓練」でパイプをつなぎ、水が運ばれる仕組みを学ぶクレメンティ小の児童。政府は次世代の節水教育に力を入れている=3月、シンガポール(共同)

 

 再生水は現在、需要の40%を賄い、自給率は70%まで高まった。マレーシアからの水供給契約は61年に失効する。その頃は水の需要が倍増する見通しだが、55%を再生水が担い、淡水化と合わせ85%を自給するシナリオを描く。契約更新は不確定だが、貯水池の水を含めれば「完全自給」に近づくと踏んでいる。
 「若い人は水の苦労を知らない」。同庁担当者がこぼした。将来の需給逼迫(ひっぱく)に備え「次世代に節水のDNAを引き継ごう」と政府は最近、引き締めに力を入れる。今年は幼稚園から高校まで100校以上が訓練に参加した。

 ▽名称に工夫
 5カ所に増えた再生水プラントの一つに隣接して「ニューウオーター・ビジターセンター」がある。国民に水事情や再生水の製造過程を説明し、飲料水としていかに安全かをPRするため、03年に開設した。バケツで水を運ぶ昔の写真や水処理膜の模型などに数十人の中学生が見入っていた。
 政府は再生水の説明に「下水」という言葉は一切使わず、「使用水の再利用」などと表現、ニューウオーターという名称を浸透させてきた。国民の心理的抵抗に配慮、同センターなどを通じ、時間をかけて「教育」していく戦略だ。
 「ニューウオーターをもっと飲むべきだ。将来は産業用水の需要が増えるし、干ばつも心配だ」。一般家庭で話を聞くと、会社員のアダム・タン(42)が力説した。
 水の安全保障に執念を燃やしたリーが世を去って4年。シンガポールは「水の自立」へと着々と歩んでいる。(敬称略、文・五井憲子、写真・村山幸親)

取材後記

災い転じて

シンガポール
 

 水を追い求めるシンガポールと、多すぎる水が災害をもたらす日本。対照的な両国の歴史が交錯したのは、第2次大戦時だ。日本軍が「昭南島」と名付けて占領し、多くの犠牲を与えた。それまでシンガポールを統治していた英国が日本軍に無条件降伏したのは、貯水池を押さえられたからだという。水がシンガポールの運命を左右してきた。
 近年、高度の水処理技術をてこに、同国政府は水ビジネスを戦略産業と位置付け、海外企業の誘致や研究拠点づくりに余念がない。今や日本や世界の180の水処理関連企業が集まる最先端の「ウオーター・ハブ」に成長した。水不足の弱みを強みに変えたことになる。

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