メニュー 閉じる メニュー

「ときを結ぶ」(8) 「トキの野生復帰」

2019.9.20 18:51 共同通信

地域に幸せを運ぶ

  コウノトリの手法に倣う 共生で米作をブランド化

 山の向こうから鳴き声が聞こえてきた。色づいた木々の上をゆっくりと弧を描きながら飛んで来る2羽の鳥。青空をバックに風切り羽が、淡く優しい桃色に輝いている。
 「少し甘えているような声でしょう? トキってサービス精神が旺盛で、人を案内していると必ず現れるんですよ。見るだけでほっとします」

ひとしきり水田で餌を取った後、トキは飛び立った。一瞬、光沢のある大きな羽根が輝いた=新潟県佐渡市
ひとしきり水田で餌を取った後、トキは飛び立った。一瞬、光沢のある大きな羽根が輝いた=新潟県佐渡市

 餌場となる新潟県佐渡市の水田を手入れする板垣徹(75)が笑う。日本の空から消えた「幸せを運んでくれる鳥」がよみがえった。

 

 ▽生き物を育む
 板垣はJA佐渡の理事長を務めた後、農業生産法人「JAファーム佐渡」を立ち上げ、農家から耕作を請け負っている。「トキ交流会館」近くにもその田んぼがある。稲が刈り取られた後だが水が少し張られ、深く掘られた一角もある。
 「ふゆみずたんぼと、江(え)と呼んでいる深みです。小さな生き物の越冬場所やトキの餌場になります」。水田は「生きものを育む農法」の認証を市から毎年受けている。トキの保護と環境に優しい米作りを進める証しだ。収穫された米は「朱鷺(とき)と暮らす郷(さと)」の名前で販売できる。
 「冬の間も水を張り、農薬と化学肥料の使用量を通常の量より半分以下に減らします。5割減減(げんげん)栽培と名付けています」
 近くでは、多くの生物がすめるようにと、休耕田をビオトープにしている。「放置したままでは駄目です。毎年、草を刈ったり、耕したりしないと生き物の種類が減ってしまいます」。トキを守る手間は惜しまない。
 認証を受けた農家は市全体の1割、農地面積では4分の1ぐらいになる。「お墨付きがあれば、一般的な佐渡のコシヒカリよりも60キロ当たり1500円ぐらい高く売れます」。トキとの共生を実践するブランド米として支持されている。
 ▽深刻な危機
 田んぼにトキが舞い降りてきた。くちばしを何回も何回も土の中に突っ込み、時折、何かをのみ込んでいる。「目で見て捕まえるのではなく、くちばしに当たるあらゆる生き物を食べています。ドジョウ、ミミズ、昆虫…。水田のように生物が豊かな環境がないと暮らしていけないんです」
 野生のトキを知らなかった板垣には想定外のことばかりだった。例えば、日本産のトキが最後に生息していたのが山の奥の方だったので、放てば山奥にすみ着くと思っていたら「今は里の水田で、人の近くで餌を探しています。人間が追いやっていたんですね」。
 日本産のトキは16年前に絶滅したが、中国から導入して繁殖させ、2008年から毎年放鳥している。そのときの最大の悩みは農業と保護をどう両立させるかだった。
 合併で10市町村が一つになった04年、初代佐渡市長に就いた高野宏一郎(たかの・こういちろう)(80)は「国から『佐渡のフィールドで生き残れなければ市長の責任です』と言われた」と振り返る。
 その年は、台風の被害もあってコシヒカリの収量が半分ぐらいに落ち込んだ。品質も悪く、銘柄米としての市場を失いそうになった。米作は深刻な危機に直面していた。

▽命つないで

トキの保護のため「生きものを育む農法」で米作りをする板垣徹。「ふゆみずたんぼ」の近くには、餌場にもなるビオトープが整備されている=新潟県佐渡市
トキの保護のため「生きものを育む農法」で米作りをする板垣徹。「ふゆみずたんぼ」の近くには、餌場にもなるビオトープが整備されている=新潟県佐渡

 消費者が求めているのは安全、安心な米と分かっていた。高野は言う。「佐渡島を『美しく、環境にやさしい島』としてブランド化し、農業に生かそうと考えた。合併後の住民の心を一つにすることにもつながる。トキはそのシンボルになる力がある」。早速、副市長らに検討を指示した。
 当時、日本産が絶滅してロシアから導入したコウノトリを野生に復帰させる取り組みが、兵庫県豊岡市で始まっていた。
 JA理事長だった板垣は「JA、農家、市の代表がトキ・オール・スターズと称し一緒に見に行きました。餌場となる水田を増やすため、行政が自然に優しい農法と認める。その手法で作った米が、他の米よりも高く売られているのを見て、これに倣えばできる、と確信しました」。
 佐渡市がトキとの共生を目指し認証制度を始めたのは、放鳥の直前となる07年冬。認証米を米卸業者に売り込むため、市役所には営業担当者を置いた。「ニッポニアニッポン」という学名を持ちながらも、一度は滅びたトキへの追慕や、保護への共感から人気は高い。
 今では野生下で誕生したペアからも子どもが生まれ、野生の数は約350羽になった。
 「トキが暮らせる基盤はできてきた。『トキと共生する佐渡の里山』が世界農業遺産にも認定されました。次は地域活性化に生かしたいですね」。板垣の提案だ。
 20羽ぐらいの群れが過ごす木の近く、車の中で夜明けを待った。エンジンを切っているので寒い。明るくなるにつれ、鳴き交わしたと思うと、2羽、3羽と飛び立っていく。多くの期待を背負うトキたちが、今夕も無事に戻り命をつなぐことを祈った。(敬称略、文・諏訪雄三、写真・藤井保政)

生息地域の拡大が課題 

新潟県佐渡市、兵庫県豊岡市
新潟県佐渡市、兵庫県豊岡市

 トキは餌を取ることができる環境が限られ、人が手を入れる水田のような場所に依存している。江戸時代は全国で生息していたが、明治になって狩猟が解禁されると、水田を荒らす害鳥として、食用や羽根採取のため乱獲され急速に数を減らす。昭和には開発で生息環境も悪化した。
 保護のため1952年には特別天然記念物となる。81年には佐渡島に野生で最後まで残った5羽が人工増殖のため捕獲されるが子孫は残せず、2003年に雌の「キン」が推定36歳で死亡、日本産は絶滅した。時代に翻弄されたトキだが、やっと野生復帰にこぎ着けた。次は、他の地域に生息を広げられるかが課題だ。

最新記事

関連記事 一覧へ