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「ときを結ぶ」(5) 「アイヌの伝統漁」

2019.9.16 13:33 共同通信

サケの魂、カムイに送る

  長老から受け継ぐ技能 感謝の精神、次世代へ

 やぶをかき分けながら川岸を下りて行くと、2羽のオオワシが羽音を立てて澄んだ青空に舞い上がった。
 北海道白糠町の茶路川。天内重樹(34)は、河原に立てたイナウ(木幣)の前に座り、カムイ(神)に祈った。「どうかサケを授けてくれますように」
 ▽もりで突く
 白糠アイヌ協会の会長としてアイヌ民族の文化保存、伝承に努める天内は毎年秋から初冬にかけて、茶路川で伝統のサケ漁をしている。
 水産資源保護法は河川でのサケ捕獲を原則的に禁止しているが、道は文化伝承の目的を認め、白糠アイヌ協会に特別採捕を許可している。
 漁にはマレクという、もりを使う。堅くてしなるヤチダモの柄に、鉄製のかぎを付けた素朴な漁具だ。かぎはサケに刺さると回転する。釣り針の「返し」のような役割をして、獲物を逃がさない構造になっている。

アイヌの伝統的な漁具マレクでサケを捕った天内重樹。身が傷つかないよう、えらの辺りを突く=北海道白糠町
アイヌの伝統的な漁具マレクでサケを捕った天内重樹。身が傷つかないよう、えらの辺りを突く=北海道白糠町

 「そこにサケがいる…」。天内がつぶやいた。日光が乱反射する川面に目を凝らすと、産卵を終えたメスが浅瀬をゆっくり泳いでいる。
 マレクを構え、水中に見え隠れする黒い背をめがけて突くが、サケはするりと逃げる。少しずつ川べりの茂みに追い込み、仕留めた。マレクを持ち上げると、えらにかぎが食い込んでいる。「頭の付け根辺りを狙わないといけない。身が傷つき、食べる所も減るから」
 天内はイパキクニというヤナギの棒でサケの頭をたたき、息の根を止めた。「この棒でたたくと、サケの魂をカムイコタン(神の住む場所)に送ることができる」
 河原の石をまな板代わりにして、サケの身をナイフでおろす。「鳥やキツネが食べられるように」と、頭や内臓は、そのまま石の上に置いた。こずえのカラスが、じっとこちらを見ていた。
 ▽同化政策で禁止
 白糠町には、2013年に95歳で亡くなった長老、根本与三郎がいた。「最後の熊撃ち」と呼ばれた根本は伝統的な狩猟や漁に通じ、指導者として尊敬を集めていた。
 天内は子どもの頃、根本が実演した「仕掛け弓」を見た。弦を留めた引き金に糸を張り、獣が糸に触れると、引き金が外れ、毒矢が放たれる。弓を使った独特のわなだ。
 根本は、マレクや鹿の角をとがらせたヤスによる漁にも精通していた。
 明治政府は同化政策の名の下に、アイヌ固有の言葉や慣習、生活基盤の狩猟や漁労を禁止し、農耕に従事するよう強制した。長老たちがひそかに伝承してこなければ、アイヌ古来の漁猟法は絶滅していたかもしれない。
 天内は成人してから根本の元に通い、マレクの作り方や漁法を一から教わった。夜の漁も経験した。1人がたいまつを持ち、明かりに近づいてきたサケを突く。「マレク漁は簡単に見えるが、やってみると難しい。川の流れ、サケの動きを読まないといけないから」
 天内は高速道路のパトロールの仕事を持つが「狩猟採集民のような暮らしをしている」と笑う。サクラマスを海で釣り、鹿を森で撃つ。春には行者ニンニクを採りに山へ入る。
 山で熊の話をすると、本当に現れるという言い伝えを根本から聞いた。「根本のじいちゃんは季節ごとの熊の行動をよく知っていた。春先の熊は、行者ニンニクやコケを食うため穴から出てくる。現地に行くと、言っていたことの意味が分かる」
 ▽食育の教室
 根本に教わった伝統漁を今、息子の基輝(7)や高校生のおい、地元小中学生らに伝えている。
 マレクの使い方を教えるとすぐ、川で実際にサケを捕らせるのが天内流のやり方だ。子どもらが「捕った!」と歓声を上げ楽しんだ後に、「カムイが授けてくれたんだよ」と言う。漁の前から心構えを諭すより、心に響くと天内は思っている。
 河原でたき火をして、サケを焼いて食べることも。夢中で漁をしていた子どもらは空腹になっている。寒い中、火に当たり、自分で捕ったサケを口にするのは格別だ。
 「昔のアイヌは捕れなかったら飯が食えなかったんだぞ。サケは命懸けで川を上るんだから、こっちも命懸けで捕ってやるべ」。天内の言葉に子どもらはうなずき、食べ物の大切さ、ありがたみを感じる。自然を舞台にした「食育」の教室だ。
 昨年4月、白糠町に完成したアイヌ文化施設「ウレシパチセ」を拠点に、天内は、祖母から習った古式舞踊にも取り組んでいる。だが、最も重要なのは、アイヌ精神の伝承だ。
 マレク漁を終えると、子どもらと一緒に祈り、サケが捕れたことを感謝する。「お礼を言わないと、次に来た時、サケをもらえない。カムイは人の行動を見ているから」
 物を大事に。感謝の気持ちを忘れると人への思いやりがなくなってしまう…。先祖から受け継いできた教えは多い。天内は、漁や伝統行事を通して、一つ一つ次世代に伝えていこうと思っている。(敬称略、文・藤原聡、写真・宇井眞紀子)

新法案と文化復興拠点 

北海道白糠町
北海道白糠町

 政府は、アイヌ民族を支援するための新たな法案を通常国会に提出、成立した。アイヌを日本の法律では初めて「先住民族」と明記した。
 アイヌの伝統的儀式などの場合に限り、河川でのサケ漁や国有林での林産物の採取をしやすくする。
 アイヌの文化伝承や地域振興を後押しするため、国から市区町村への新たな交付金も創設する。
 また、北海道白老町でアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間」の建設も進めている。愛称はウポポイ(大勢で歌うこと)に決まり、2020年4月、オープンする予定。ウポポイには国立アイヌ民族博物館や慰霊施設などが整備される。

 

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