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「ときを結ぶ」(2) 「DNA鑑定」

2019.9.16 12:44 共同通信

戦没者と遺族の懸け橋に

  地震の身元特定にも貢献 「体の設計図」の研究者

 日曜日の早朝、北海道警の警察官が旭川市の旭川医大法医学講座をひそかに訪れた。寝静まった大地を襲い、42人の命を奪った昨年9月6日の激震から3日後。警察官は准教授浅利優(41)に「捜査関係事項照会書」を手渡し、頭を下げた。「協力をお願いしたい」

遺骨のDNAの型を調べる旭川医大准教授の浅利優。遠い血縁関係でも身元特定につなげる方法を研究している=北海道旭川市
遺骨のDNAの型を調べる旭川医大准教授の浅利優。遠い血縁関係でも身元特定につなげる方法を研究している=北海道旭川市

 道警は遺体の身元確認を急ぐ。だが土砂崩れに巻き込まれた犠牲者のうち、2人は遺体の損傷が激しく難航。DNA鑑定専門家の浅利に望みを託す。浅利は道警科学捜査研究所が鑑定したDNA型データを基に血縁関係を判定、その日のうちに「身元特定」を伝えた。
 道警は浅利の鑑定などを踏まえ、遺体を遺族に引き渡した。浅利は「戦没者遺骨鑑定の研究が役に立った」と胸をなで下ろす。その研究手法を捜査にも使ったのだ。
 ▽時の壁
 戦没者遺骨鑑定は第2次大戦中に海外で戦死した旧日本兵の遺骨のDNAを調べ、身元を割り出す事業だ。厚生労働省が2003年度から全国の大学に委託している。
 遺骨と遺留品から遺族とみられる人に連絡。口の粘膜を採取し、遺骨や歯と照合する。浅利は04年度から鑑定に加わる。
 身元判明の多くは旧ソ連かモンゴル地域の遺骨。寒くて保存状態が比較的いいからだ。それでも浅利が鑑定した831件のうち、身元判明は142人にとどまる。
 理由は「時の壁」だ。戦後70年が経過し、戦没者の遺骨と照合する血縁者が減っている。浅利は「戦没者の子どもやきょうだいがよわいを重ね、亡くなるケースが増えた。血縁関係が遠くなればなるほど、鑑定の難易度が上がる」と表情を曇らせる。
 浅利はそれを克服するために、遠い血縁関係でも身元特定につなげる鑑定方法を研究している。きょうだい、異母きょうだい、孫…。検査項目を増やし、特定のため知恵を絞る。
 地震の鑑定で浅利は、犠牲者と、きょうだいの血縁関係を調べた。道警の科捜研は身元不明のDNA鑑定を原則、親子でしか実施していない。戦没者遺骨鑑定の身元割り出し作業が、結果的に災害の身元特定に生きたことになる。
 ▽桜守
 浅利は道南の七飯町生まれ。父繁(73)は役場に勤務する傍ら、犯罪に手を染めた人の更生を助ける保護司を務めた。伯父政俊(88)は桜の研究者だ。ルーツを探り、品種改良や苗木育成に携わる。松前公園(松前町)で咲き誇る250種、1万本の桜の礎を築いた。
 その研究が評価され、05年に財団法人「日本さくらの会」から「桜守」に認定された。英国の王立公園など世界に苗木を贈る活動も続けた。
 DNAは「体の設計図」とも言われる。先祖から子孫へと連綿と受け継がれる。保護司の父、桜を絶やさないように尽力する伯父。そして口の粘膜から年齢を推定する研究や実質ボランティアで遺骨鑑定をする浅利。共通するのは寄り添い、いたわる心である。
 政俊は浅利の幼少期の頃の記憶をたどる。「ある母と子が交通事故に遭い、母が死亡というニュースがあった。優は『子どもは、これからどうなるの』と何日も何日も気に掛けていた」と、そのけなげさに目を細める。
 ▽クリームソーダ
 戦後70年の節目の15年に収集された遺骨が、DNA鑑定で判明した例がある。小樽市出身の井戸井重市=当時(23)。翌年9月、市内に住む妹の湊百合子(みなと・ゆりこ)(84)の元に届けられた。太平洋戦争で日本の無条件降伏後も日ソ両軍が激戦を交わした千島列島シュムシュ島(占守島、現ロシア領)。そこで、戦火に散る。
 遺骨の近くの印鑑と身元を示す「認識票」から重市の可能性が浮上。湊の妹井戸井(いどい)アイ(79)から採取した頬の粘膜を鑑定し、確認された。

兄の井戸川重市が所持していた印鑑や認識票を見つめる湊百合子。兄の遺骨はDNA鑑定のおかげで戻ってきた=北海道小樽市
兄の井戸川重市が所持していた印鑑や認識票を見つめる湊百合子。兄の遺骨はDNA鑑定のおかげで戻ってきた=北海道小樽市

 重市は上智大在学中に学徒出陣した。出征前の夏休みに帰省した時、湊に喫茶店でクリームソーダをごちそうしてくれた。当時、7歳。喫茶店に入るのは初めてだった。
 「氷だけになっても吸い続ける私を見て、兄は『もう一杯飲ましてあげたいけど、おなかを壊すといけないから、今度ね』とほほえんだ。でも、その今度がなかった」と出征壮行会のセピア色の写真に目を落とす。
 湊は長く喪失感にさいなまれる。ただ最近、心の折り合いを付け始めた。「身元が特定されない遺骨がたくさんある中で、科学の進歩と研究者のおかげで兄の遺骨は戻った。感謝の気持ちでいっぱいです」
 厚労省はDNA鑑定で遺骨の身元が判明しても、鑑定機関や研究者名を公表していない。浅利は「これほど目立たない仕事はない。でも何とかして身元を特定したいという思いでやっている」と遺族のために心を砕く。
 浅利は戦没者と遺族を結ぶ懸け橋のような役割を果たしている。湊と面識はない。でも命をいとおしむ心は、共振するようにつながっている。(敬称略、文・志田勉、写真・武居雅紀)

困難伴う遺骨収集

旭川医大、小樽市
旭川医大、小樽市

 厚労省は2024年度までを戦没者遺骨収集事業の集中実施期間と定めている。遺骨収集推進法が16年に成立。太平洋戦争から70年と遺族の高齢化も踏まえ、事業を「国の責務」としている。
 国内外の軍人・軍属らの戦没者は約240万人。うち未収容の遺骨は約112万に上る。DNA鑑定は全国の大学11カ所で行われており、18年11月末現在で1132人の身元が判明した。
 しかし、収集の際に現地人の遺骨と混入するケースも出ている。フィリピンで民間団体の協力により収集された遺骨がDNA鑑定の結果、日本人ではない可能性が判明。収集事業の難しさが浮き彫りになった。

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