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種の保護の大切さ説く 孤独なジョージと40年 ガラパゴス諸島

2019.4.5 23:13 共同通信

 誰もが恐れていた日がやってきた。2012年6月24日。「彼は水場に行くのを途中でやめたかのように道の真ん中でじっとしていた。長い首を持ち上げていなかったので、すぐに異常に気づいた」―。デニムのジャケットにジーンズ姿のドン・ファウスト・ジェレナ(78)が静かに語り始める。
 南米エクアドル本土から西に約900キロの赤道直下。ガラパゴス諸島サンタクルス島のチャールズ・ダーウィン研究所。
 諸島北部のピンタ島だけにいるピンタゾウガメで唯一、生き残っていた「ロンサム(ひとりぼっちの)・ジョージ」の飼育係として、40年余、同研究所で人工繁殖などに取り組み、種の絶滅を見届けた人物だ。
 ▽喪章を胸に
 「長い間、ジョージはひとりぼっちだったが、ピンタゾウガメの遺伝子を持つ雌が2匹見つかり、一緒に暮らすことになった。雌は2回、卵を産み、みんな興奮したが、すべて無精卵だった」とファウスト。「研究所の全員が死を悼み、人が死んだときにしか着けない喪章を2週間、身に着けていた。2度とあんな思いはしたくない」
 大陸から遠く離れたガラパゴス諸島で生物は独自の進化を遂げ、ここにしかいない固有種が多数、生息する。

ガラパゴス諸島サンクリストバル島では、数が増えつつあるゾウガメを観光客が見られるようになってきた。一定の距離を保つルールはあるが、向こうから人に近づいてくることもある=11月(共同)
ガラパゴス諸島サンクリストバル島では、数が増えつつあるゾウガメを観光客が見られるようになってきた。一定の距離を保つルールはあるが、向こうから人に近づいてくることもある=11月(共同)

ゾウガメもその一つで、甲羅の長さは130センチ、体重は200キロを超え、150歳超まで生きた記録もある。「ガラパゴ」はスペイン語で陸亀を意味する。生息地によって遺伝的に大きく異なり、15を超える種があるとされる。
 だが、ゾウガメはダーウィンの時代から食料として大量に捕獲された。脂が町を照らす街灯の燃料に使われたこともあるという。さらに、ヤギや犬猫、ネズミからカイガラムシまで、多数の外来種が、ゾウガメの餌になる植生を破壊したことが個体数の減少に追い打ちを掛けた。ピンタ島とフロリアナ島では絶滅が宣言され、残る種のほぼすべてに絶滅の危険が迫る。
 地球温暖化も大きな懸念材料だ。ガラパゴス国立公園長のホルヘ・タクリ(36)は「乾期と雨期のパターンが変わって予測が難しくなり、大雨や干ばつが増えている。海の温度も年々、高くなっている」と話す。
 10月には、ある飼育施設から123匹の子ガメが盗まれたことが分かった。密売目的とみられる。数は減ったとはいえ、外来種の根絶は困難で脅威は絶えない。
 それでも近年、エクアドル政府と各国の政府や研究者、動物園などの支援を得て、研究所では島々から集められたゾウガメの人工繁殖と野生復帰が進む。ゾウガメの数は増え、生息地も徐々に広がりつつある。
 ▽人との共存
 サンタクルス島の山道をバスで上ってゆくと徐々に霧が立ちこめ、霧雨が窓をぬらすようになる。道の両側に広がる農地や牧草地に、道路脇の草むらに、直径1メートルはある黒い大きなヘルメットのようなゾウガメがうごめく姿が目に飛び込んでくる。観光客が歓声を上げ「13匹、14匹」と数え始める。山の上には、農場を開放した私設の保護区があった。
 果樹園内の草地で大きなゾウガメがのんびりと草を食べ、池の中では大小10匹ほどが体を寄せ合って休んでいた。
 「私はここへ来るのが一番好きなの。人間と動物が共存していることを感じられるから」と同行したアナイー・コンカリ(26)がほほえむ。

観光客にガラパゴスの自然の価値を説くアナイー・コンカリ(中央)。地元で育った若いナチュラリストだ=11月、ガラパゴス諸島サンクリストバル島(共同)
観光客にガラパゴスの自然の価値を説くアナイー・コンカリ(中央)。地元で育った若いナチュラリストだ=11月、ガラパゴス諸島サンクリストバル島(共同)

 ガラパゴスの自然を知り、ツアーリーダーとしてその大切さを訪れる人に伝える政府資格を持つ約700人の一人で「ナチュラリスト」と呼ばれる。
 「農場主は、境界の柵を改造してゾウガメが行き来できるようにしたし、最近では在来の果樹を植えるようになった。ゾウガメの邪魔になる外来植物を駆除する人まででてきた。これって素晴らしいことじゃない」
 ▽最後の絶滅に
 ファウストは、引退から4年を経た今も、時折、研究所に姿を見せ、訪れる人にジョージの寂しい歴史と種を守ることの大切さを説く。
 研究者は、15年に遺伝子解析で新種と確認されたサンタクルス島のゾウガメを、彼に敬意を表して「ドンファウストイ」と名付けた。
 彼が研究所の一角、常に室温が18度に保たれ、照明も落とされた部屋に案内してくれた。〓(刈のメが緑の旧字体のツクリ)製になったジョージの「終(つい)のすみか」だ。長い首を高く伸ばしたジョージは、人類と地球環境の未来を見据えているようだ。
 ファウストは言う。「外来種対策も人工繁殖も進み、状況は昔に比べてずっとよくなった。全部で15匹、うち野生の雄は2匹だけになったエスパニョーラ島のゾウガメは今では、2千匹近くにまで増えた。絶滅するゾウガメはジョージが最後になるさ」(敬称略、文と写真 井田徹治)

取材後記
飛行機のリベット 

ガラパゴス諸島の生物は美しく貴重だ。といってもそれが絶滅したところで日本人の暮らしには当面、何の影響もないだろう。
 地球の生態系を構成する生物種を、飛行機の部品を固定する「リベット(びょう)」にたとえた研究者がいた。空を飛ぶ飛行機からリベットがいくつか落ちても最初のうちは気づかない。だが、その数が増えて限界を超えると飛行機は空中分解して墜落する。生物の絶滅が加速する地球は、さながら、リベットを次々落としながら飛ぶ飛行機だ。墜落の時は人類も逃げられない。
 だからこそ、日本人もガラパゴスの生き物を守らねばならない。責任ある観光客として現地を訪れ、その大切さを知り、伝えること。そして暮らしの中で、プラスチックごみや二酸化炭素の排出量を減らすことなどを通じて。(井田徹治)

SDGsの第14目標 海の豊かさを守ろうガラパゴス諸島

 

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