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無料食堂に行列する人々 富裕国家に忍び寄る貧困 スイス

2019.4.5 22:46 共同通信

 「順番に並んで。必ず食べられますから」。スイス西部に広がるレマン湖畔、国際都市ジュネーブ中心部に毎日、お昼時になると入り口に行列ができる建物がある。
 市が貧困者向けに運営する無料食堂だ。ソーシャルワーカーが待ちきれずに入ろうとする人に声を掛ける。この日は200人以上に無料のランチが提供された。
 世界屈指の富裕国家、スイスに急速に貧困が忍び寄っている。2008年の世界金融危機後、持つ者と持たざる者の格差が拡大、貧困率がじわじわ上昇しているのだ。街角には、かつてはほとんど見掛けることのなかったホームレスの姿も目に入る。
 ▽容易に転落
 ハンバーガーなどのランチを受け取ったサミール(60)は「3日間何も食べてなかったんだ。ようやく食事にありついたよ」とつぶやいた。

市が運営する貧困者向け無料食堂でランチの行列に並ぶサミール=10月、スイス・ジュネーブ(共同)
市が運営する貧困者向け無料食堂でランチの行列に並ぶサミール=10月、スイス・ジュネーブ(共同)

 北アフリカのチュニジア出身で、43年前に移民としてスイスに来た。技術者として生活していたが、交通事故に遭い後遺症で働けなくなった。「病院で数年間過ごした。退院しても住む場所がなくて、一時はホームレスにもなったよ。今は障害年金をもらいながら暮らしているけど物価が高すぎる。市に言いたいことはいっぱいあるよ」と語気を強めた。
 無料食堂を利用するのは高齢者や失業者、体の不自由な人などさまざまだが、最も目立つのがサミールのような北アフリカや東欧出身の移民だ。
 無料食堂の責任者である市社会連帯局次長のミュリエル・ラセル(49)は「移民は社会的立場が不安定で貧困に陥りやすい」と指摘する。いったん職を失うと、物価の高いスイスでは家賃や健康保険料が払えなくなり、容易に貧困層に転落してしまう。
 ▽予備軍120万人
 金融業、製薬業などが盛んなスイスは2度の世界大戦にも巻き込まれずに富を集積した。人口約850万人の小国ながら1人当たりの国民総所得は8万1240ドル(約920万円)と日本の倍以上だ。中央銀行の金保有量も1040トンと日本を上回る。
 政府や自治体の財政も豊かで、社会福祉予算も十分な時代が続いた。スイスの福祉団体カリタスのジュネーブ支部長ドミニク・フロワドボー(62)は「スイスにとって貧困は新しい問題だ」と言う。かつては貧しい人たちがいても自治体や地域社会がまんべんなく救うことができた。「街中で警官がホームレスを見つけると、警察署で宿泊させて食事をさせるほどだった」と振り返る。
 事態を大きく変えたのが世界金融危機だ。大手銀行が経営危機になるなどして失業者が増加、生活難に陥る人が続出した。16年に政府が貧困状態と認定したのは約62万人、人口に占める割合は7・5%だが、ここ数年上がり続けている。予備軍が約120万人いるともいわれる。
 フロワドボーは「今はまだ社会保障制度が機能しているが、このまま貧困者が増え続ければ危機的な状況になる。制度の見直しが急務だ」と指摘する。 
 ▽憂慮すべき状況
 10月末の夜、ジュネーブ中央駅から徒歩で10分ほどにある支援団体「救世軍」の施設前に人が集まりだした。ホームレスを対象にした1泊5スイスフラン(約570円)の簡易宿泊所目当てだ。宿泊所は午後8時から開き、男女合わせて38のベッドが埋まれば締め切りとなる。
 門の前に次第に増える人たちを横目にビビエンヌ(51)は「泊まれるかしら」と不安そうだ。ジュネーブ出身のビビエンヌは英国の大学でコミュニケーション論を学んだ後、南米ペルーで働いた。帰国後は職が見つからず、頼れる親戚や友人もなかったことから今はこうした施設を転々としながら職探しの毎日だ。

 支援団体の施設でベッドを確保し、ほっとした表情のビビエンヌ。施設を転々としながら職探しを続ける=10月、スイス・ジュネーブ(共同)
 支援団体の施設でベッドを確保し、ほっとした表情のビビエンヌ。施設を転々としながら職探しを続ける=10月、スイス・ジュネーブ(共同)

 「早く仕事を見つけて住む場所を確保しないと。路上で寝て呼吸器疾患にかかった人は多い」と話す。ジュネーブでは11月になると最低気温が氷点下になる日もある。宿泊場所の確保はホームレスには切実な問題だ。
 救世軍の施設であぶれた人たちが「路上で寝ろというのか」と係員に食ってかかり、騒然となることも少なくない。
 救世軍の活動に長年携わってきたアンドレ・コックス(64)は「スイスの経済状態は悪くない。企業は十分な利益を上げている。豊かな人はポケットにお金をたくさん持っている一方で貧困層がどんどん増えている。憂慮すべき状況だよ」と嘆く。ジュネーブ市だけで千人はホームレスがおり、支援は明らかに不十分だという。
 ビビエンヌは結局、1階の奥の部屋を割り当てられた。「これでゆっくり休める」。ベッドの上に腰掛けると、ようやくほっとした顔を見せた。(敬称略、文・小林義久、写真・松井勇樹)

取材後記
日本の参考になれば… 

 「あなたたちが出て行かないと部屋に入らないって言ってるんだ」。ホームレスに宿泊所を提供する施設を訪れた際、係員に厳しい顔つきで告げられた。利用者が写真撮影を嫌がっているとのことだった。無料食堂でもプライバシー保護の観点から行列や食堂内の写真を撮ることを断られた。
 10年前、リーマン・ショック時の米国で貧困者支援の取材をした際はもっと簡単だった。今はネットで簡単に写真が出回るとの事情があるし、オープンな米国人との気質の違いもあるのかもしれない。
 それでも、何人かは「日本でも貧困が問題になっている。他の国の状態を知りたい」と説明すると、取材に応じてくれた。「日本の人たちの参考になればうれしい」との言葉に涙がこぼれそうになった。(小林義久)

SDGsの第2目標 飢餓をゼロにスイス

 

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