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日本の考え決める時期  視標「人へのゲノム編集」

大阪大教授 加藤和人

 中国の大学の副教授だった賀建奎(が・けんけい)という研究者が、ゲノム編集技術で人の受精卵の遺伝子を改変し、双子を誕生させたと香港の国際会議で発表してから約3カ月になる。中国での調査により、発表は事実と確認され、さらに別の女性も妊娠中だという。憤りを覚えるとともに、多くの人を巻き込んだ議論が日本でも世界でも急務だと感じている。

 問題の発表が行われた昨年11月のゲノム編集研究に関する国際会議に、私は主催団体からの依頼で組織委員会の一員として参加した。組織委は賀氏の発表を受け、受精卵のような人の生殖細胞にゲノム編集を使い、子どもを誕生させることは「いかなるものであれ現時点では無責任である」との声明を出した。

 ゲノム編集技術の進歩は速く、遺伝子改変の精度も上がってきているとはいえ、安全面では分からない点も多く、リスクが非常に大きいためだ。加えて賀氏のやり方には、科学的な必要性の検討が不十分で透明性に欠けるなど多くの問題がある。

 世界にはゲノム編集を巡り「人を病気の苦しみから救うために積極的な活用を」という声もあれば「慎重に考えよう」「とにかく禁止すべきだ」など、さまざまな意見がある。短絡的な行動に走った賀氏のような例を防ぐために、もし医療目的で人に使うとすれば、どのような条件を満たすべきかを今後議論する必要がある、というのが組織委の一致した見解だった。

 国際会議では、さまざまな宗教や文化を背景にした意見が紹介される場面もあったが、議論を十分深められたとは言えない。

 世界保健機関(WHO)は、ゲノム編集について科学、倫理、社会、法的な側面から検討する専門委員会の設置を決めた。私はここにも参加することになった。日米欧以外にアフリカやアジアの専門家も加わるため、多様な視点を取り入れた議論が期待される。ゲノム編集の活用を進めるかどうか、どんな仕組みがあれば技術を適切に使えるかを、各国が決めるのに役立つ手引を作ることができればと思っている。

 日本は研究審査の仕組みは整っている国の一つだが、社会的、倫理的な議論が十分だとはとても言えない。内閣府に生命倫理専門調査会はあるが、もっと多様な議論の場が必要だ。フランスでは「生命倫理全国国民会議」という場が設けられ、昨年はゲノム編集について市民同士や市民と専門家が意見を交えたという。米国では市民の意識調査をシンクタンクなどが積極的に実施している。

 日本では人への応用を認めるのか、認めないのか。賀氏のような暴走を防ぐにはどうすべきか、法規制の要否は、といった議論が必要で、広く国民を巻き込んだ取り組みが求められる。

 日本は、社会における科学技術の在り方を考える取り組みに十分な予算がつかないという問題があるが、賀氏の発表に対しては、多くの学術関係や専門家の団体が批判する声明を発表した。哲学や倫理学のような文科系の学会も声を上げた。これらの団体が手を組んで、シンポジウムなどを開いてはどうだろうか。

 国際的な議論にも目を向けつつ、日本はどうするのか、考えをまとめていく時期が来ている。(談)

(2019年2月22日配信)

かとう・かずと

名前 :かとう・かずと

プロフィール:1961年京都市生まれ。京都大大学院修了、理学博士。京大准教授などを経て2012年から現職。専門は生命・医学倫理。

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