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【編集後記】Vol.274

2019.3.8 13:59 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
東京・桜上水にある日大グラウンドに続く桜並木
東京・桜上水にある日大グラウンドに続く桜並木

 

 どちらからともなく声を掛け、定期的に食事をしながら近況を報告し合う数少ない友人がいる。

 一つ年上の彼は、広告の世界ではその名を知られたカリスマ的存在。40代で大手代理店を仲間と飛び出し、フリーのクリエイターとして業界で確固たる地位を築いた苦労人だ。

 

 今回は男二人でスペイン料理としゃれ込んだものの、ガーリックトーストを食べ過ぎてメインディッシュの肉を残してしまうという、お店のスタッフに大変失礼なことをしてしまった。

 これはいつものことで、お互いに顔を見合わせて笑うしかない。

 

 ともに学生時代にアメリカンフットボールをやっていたことも、話が盛り上がる理由の一つだ。

 

 月刊誌にエッセイを寄稿している彼は、会社を辞めたことで得た「自由」と引き替えに「寂しさ」を抱え込んだという。

 

 それなりに古くて大きな会社には、たいてい「社友会」なるものがあり、定年退職者を精神的に支えていると彼は書いている。

 仕事ではないが、大学時代のクラブも同じで「青春を捧げるほど愛した組織とは、永遠に繋がっていたい」と思うのは人情で、そうあるべきだと語る。

 

 「OB会」という名の親睦団体は、巣立っていった卒業生個々人のレゾンデートルを確立させるために重要な役割を果たす。心のよりどころ、と言っていいかもしれない。

 

 競技の信頼を揺るがす事態に発展した「危険な反則タックル問題」のさなか、ほとんど機能しなかった日大フェニックスのOB会は、近々開催する総会で新体制をスタートさせる。

 これまで積極的に取り組んでこなかった細かい会則を設置して、現役学生の就職支援などについても具体的な話し合いが行われるという。

 

 やがてOBになる現役の学生に、多くの犠牲を強いた一連の問題の反省をどう生かすか。高い帰属意識の醸成は、組織を正常に運営する意味でも大切だ。

 

 まだまだクリアすべき課題が山積するフェニックスは、東京五輪が開催される来年の2020年に、創部80周年の節目を迎える。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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