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【編集後記】Vol.272

2019.2.21 15:06 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
昨年夏にジャカルタで開催されたアジア大会で、陸上競技を撮影する松嵜未来さん
昨年夏にジャカルタで開催されたアジア大会で、陸上競技を撮影する松嵜未来さん

 

 この春社会人になる大学4年生にとって、今は卒業旅行の季節である。

 ふと気になって連絡してみた彼女もまた、1カ月間の「予定は未定の」一人旅でモロッコに滞在していた。

 

 彼女とは「日本大学新聞」の元学生記者の松嵜未来さん。大学3年まで、日大新聞の「フェニックス」担当記者兼カメラマンとしてチームを深く取材してきた。

 その松嵜さんが、朝日新聞のデジタルメディア「4years.」に寄稿したコラムが、アメリカンフットボール関係者の間で話題になっている。

 

 コラムの一部分を紹介する。

 「私はアメフトとは縁遠い山口県で生まれ育った。ただ、フェニックスだけは知っていた。日大出身の父は『日大といえばフェニックス。フェニックスといえば赤だ』と、私が幼いころからずっと言い続けていた。だから、なんとなく、フェニックスにあこがれていた」

 

 大学1年で日大新聞に入った松嵜さんは、2017年シーズンに「フェニックス」の27年ぶりの甲子園ボウル優勝を見届ける。

 「あふれる涙を何度も袖でぬぐいながら、必死でシャッターを切った」。歴史的な瞬間に立ち会えた幸運に感謝したという。

 

 1年後、チームは「危険な反則タックル問題」で秋のリーグ戦への出場を禁じられた。

 日大新聞の活動は3年までと決まっているため、松嵜さんは「4years.」のスタッフとして関学大と早大が対戦した甲子園ボウルを取材することになる。

 

 取材活動を通じて、フェニックスの学生や保護者に寄り添ってきた。

 学生記者を引退した後も、同世代の選手やスタッフがチームの再建に向けて努力する姿を追い続けてきた。「フェニックスが好きだから」

 

 松嵜さんは4月から、共同通信社の報道カメラマンとしての第一歩を踏み出す。

 日大新聞が一連の問題についてほとんど紙面に掲載しなかった、いやできなかった事実に、松嵜さんは自らの力不足を痛感し、心を痛めている。

 

 プロのフォトジャーナリストになる夢を叶えた頼もしい後輩を、全力で応援したい。

 帰国したら、大好きな焼き肉でも食べながら、一人旅の思い出を聞いてみたいと思っている。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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