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北朝鮮は核放棄できるか ウクライナの先例

2017.5.10 10:46 共同通信
1994年12月5日、ブダペストで開催された全欧安保協力会議(CSCE)で、クリントン大統領(右)の隣に立ち額をぬぐうエリツィン・ロシア大統領(ロイター=共同)
1994年12月5日、ブダペストで開催された全欧安保協力会議(CSCE)で、クリントン大統領(右)の隣に立ち額をぬぐうエリツィン・ロシア大統領(ロイター=共同)

 トランプ米政権が北朝鮮の核・ミサイル開発放棄を条件に、金正恩朝鮮労働党委員長の訪米を招請し首脳会談に応じる用意があると中国政府に伝えていたことが10日までに、明らかになった。条件付きとは言え、米国が北朝鮮の体制保証に応じる姿勢を示したもので、北朝鮮の今後の出方に注目が集まっている。

 現状では北の核放棄に懐疑的な見方が多く、その根拠として「人類史上、核兵器をすべて破棄した国はない」とするメディアもある。しかし、実は「核兵器をすべて放棄した」国はある。旧ソ連のウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンだ。特にウクライナは核放棄の見返りに米ロなど核保有5カ国から安全保障の確約を得たにもかかわらず、それを一方的に反古にされるという〝悲劇〟に遭ったのだ。

 1991年のソ連崩壊後、ソ連を構成する15共和国のうちロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4カ国に核兵器が残されたが、中でもウクライナには1200発以上の核弾頭が残され、当時としては米ロに次ぐ世界第3位の「核大国」になることになった。

 核不拡散と5カ国による核独占を戦後の外交政策の基軸とする米ロは、ウクライナなどに対しロシアに核を輸送し、核拡散防止条約(NPT)に加盟するよう圧力をかけた。その際にウクライナで議論になったのが、隣の大国ロシアの存在だった。両国間にはウクライナ南部クリミア半島の領有権、同半島のセバストポリを母港とする黒海艦隊の所属、ロシアからの石油・ガス価格を巡る係争があったほか、潜在的にはウクライナ東部のロシア系住民の分離独立問題もあり、何の保障もないまま、核兵器を手放せば将来的に、ロシアからの威嚇や制裁、武力侵攻に遭うとの懸念が強かった。

 そうした懸念を持つウクライナを非核化に向け後押ししたのが「ブダペスト覚書」だ。1994年12月5日にハンガリーの首都ブダペストで開催された全欧安保協力会議(CSCE)首脳会議の場で、核3大国首脳のクリントン米大統領、エリツィン・ロシア大統領、メージャー英首相とクチマ・ウクライナ大統領が署名した覚書で、後に中国とフランスもほぼ同様の内容をウクライナに保証した。

 覚書はウクライナがNPTに加盟し、核兵器をロシアに移送することと引き替えに、署名国がウクライナの独立、主権、国境線を変更しないこと保証、同国に対する核兵力を含む武力行使や威嚇、経済制裁を行わないと約束するもので、核と引き替えにウクライナの安全を保障する内容となっている。条約のように各国議会で批准こそされなかったものの、首脳が署名しており、一定の法的効力を持つ文書と言っていいだろう。

 現実的には当時、ウクライナには核兵器の運用システム、保持補修のための施設はなく、こうしたシステム構築には多額の支出が必要で核弾道は事実上無用の長物だった上、弾道の解体をしようにも解体のための設備はロシアにしかなかった。また、核放棄を拒否すればソ連崩壊による混乱で経済的に疲弊していたウクライナが国際的に孤立、欧米からの経済支援も受けられない状況に陥ることは必至で、事実上、核保有を続けることは不可能だったとも言えるが、それでも米ロの安全保障の約束がウクライナの決断を促した点は否定できない。ウクライナの核兵器はその後、96年までにすべてがロシアに移送された。

 ところが、ロシアは2014年2月に、親欧米派の野党勢力がウクライナの親ロシア派、ヤヌコビッチ政権を打倒したことを受け、クリミアの拠点を武力で制圧。その後、住民投票を経てクリミアを併合してしまう。ウクライナは「覚書」の明確な違反と抗議するが、プーチン・ロシア大統領は当時、ウクライナ野党勢力が「革命」によりヤヌコビッチ大統領を追放した結果、ウクライナには親欧米派の新しい政府が誕生したのであって、この新政府に対しロシアは何の国際法上の責務も負わないと強弁。また、ラブロフ・ロシア外相もロシアが約束したのは「ウクライナを核攻撃しない」ことだけだと強調した。

 プーチン氏は、ヤヌコビッチ政権が崩壊した際、 核兵器使用の準備をするようロシア軍に指示したとまで断言。核により隣国ウクライナを威嚇する姿勢まで見せた。その後、ウクライナ東部ではロシアの支援を受けた親ロシア派の武装勢力がウクライナ政府軍と衝突し内戦化、現在も散発的な戦闘が続いている。ウクライナは、ロシアの元大統領であるエリツィン氏が署名した覚書には何の効力もなく、ただの紙切れにすぎないことが身に染みたに違いない。大国の約束は結局、その時の国際情勢により簡単に踏みにじられ、小国や敗戦国は翻弄されなすすべもないことはヤルタ体制の元の日本の運命を見ても明らかだ。こうした「先例」を同じ立場にある北朝鮮がどう見ているかは想像に難くはない。  (47NEWS編集部 太田清)

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