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【683】刑事(デカ)【青森】

2012.1.6 17:00
青森県弘前市 齋藤酒造店
青森県弘前市 齋藤酒造店

 酒の名に、さまざまなものがあるものだ。「死神」(当連載【658】参照)には驚いた。さらにたまげたのは、今回の「刑事」だ。

 昨年11月27日付、産経新聞の「日曜日に書く」という随筆コーナー。「津軽からの『ありがとう』」と題した、大阪編集長のコラム。「刑事」という名の酒について書いたコラムだ。わたくしはこの記事を読んで、初めて酒「刑事」の存在を知った。そして仰天した。

 好奇心からさっそく、蔵に電話してみた。

 酒蛙「『刑事』がほしい。『刑事』を売っている酒屋さんを教えてください」

 蔵「酒屋さんでの販売はしていません。蔵においでください」

 酒蛙「そんな遠くまで行けません」

 蔵「では、弊社のホームページから、通販でお求めください」

 酒蛙「この酒のクラスは?」

 蔵「本醸造です」

 さっそく蔵のホームページを開き、1本注文した。本醸造だが、ちゃんと化粧箱に入っていた。箱とラベルに「この酒、美酒につき、手配中!」と書かれている。そのユーモアに、おもわず、くすっと微苦笑。

 ラベルは、通常の矩形ではなく「警察マーク」を型どっている凝りよう。そして、どどーんと「刑事」の2文字。う~む、男っぽい。

 すぐ、飲んでみる。まず、温度は9.5℃、「花冷え」で。軽い、なめらか。「刑事」だからごつくてクセのある酒と想像していたが違っていた。甘みがくる。キレが非常に良い。旨みがけっこうある。なんと飲みやすい酒か。酸があまり出てこない。酸は奥にすこしある。若干、熟成感がある。

 面白くてたまらない。面白いことはすぐ、他人に知らせたくなる。知らせたくてしょうがない。ということで、会社同僚のWに、写真付きメールで知らせたら「『容疑者』という名の酒があったら奇跡ですね」という反応。さすが、の反応だ。

 さらに飲み進める。甘みのあるなめらかタッチ。クセが無い。エグみがない。絵に描いたような本醸造ではないか。よくできた本醸造ではないか。

 こんどは、酒友で仕事のパートナーHさんに写真付きメールを送る。「『刑事』だから、かなりしつこい酒質なんでしょうね」という反応。この反応も面白い。で、以下のように返信した。「はい、ごつくてしつこい酒を連想したのですが、甘みと旨みがある、クセのない軽快タッチ。信じられません。クセのない淡白な刑事だと、捜査の成り行きに心配があります」

 次に、ぬる燗(40℃)にして飲んでみた。味がやわらかくふくらむ。軽快な雰囲気。酸が顔を出してくる。しかし、前面に出てくるような酸の出方ではない。旨み、酸味、甘みとキレの良さ、なめらかさを感じる。いい感じだ。

 温度をすこし挙げて、上燗(45℃)にして飲んでみる。酸が前面に出てくる。飲み飽きしない。食中酒に最適だ。ぬる燗より上燗の方が、わたくしの舌に合う。

 さらに温度を上げ、次は熱燗(50℃)だ。おおっ、さらに酸が出てくる。軽快! しかし、旨みがすこしいなくなる。やっぱり上燗が最適か。電子レンジのタイマーとデジタル温度計を駆使しての燗調査。傍から見れば、かなり滑稽な姿に見えるだろうが、本人はいたって真面目。何回も燗酒を飲んでいるうちに、気持ちよくホロ酔い気分に。

 箱に、蔵元さんの口上を“しおり”にしたものが、同封されている。以下に転載する。

 「松緑(同蔵の主力銘柄)の酒蔵のある青森県弘前市はお岩木山に見守られた津軽平野の中心にある桜とねぷたそしてお城のある小さな町です。

 こんな静かにゆったりと時間の流れる町に国中を震撼させた強盗ガソリン放火事件が起きました。

 蔵にも連日沢山の刑事さんが聞き込みにいらっしゃいました。

 真冬氷点下、雪の中での張り込み どんな小さな情報でもいいからと毎日刑事さんがいらっしゃいましたが何もお答えする事もなく私がさせていただけたことはいっぷくの熱いお茶、ほんの一瞬冷えきった指先を温めていただく暖のごちそう。

 事件は解決し平和な町で安心して眠れる今日。

 刑事さんに感謝をこめて

ありがとうございました」(カッコ内は筆者注)

 そうか、この酒は、2001年5月8日に青森県弘前市の武富士弘前支店で発生した強盗殺人・放火事件を解決させるべく、日夜、聞き込みに歩いた刑事たちの労苦に感謝し、ささげるためにつくった酒だったのか。

 この事件は、犯人がガソリンを持って同支店に押し入り、現金を要求したものの支店長に拒否されたため、店内にガソリンをまいて放火、社員5人が炎に包まれて死亡、辛うじて脱出出来た4人も重軽傷を負う大惨事となった。捜査は難航したが、刑事たちの地道な捜査が奏功し、翌年の2002年3月4日にタクシー運転手を逮捕することができた。その後、タクシー運転手の死刑が確定した。

 「刑事」の酒瓶の裏ラベルには、以下のメッセージが書き込まれている。

 「魂の酒

  被害者の悲しみに接し 共に涙を流し

  被害者を励まし慰め 事件の解決のために

  もくもくと働く男達『刑事』

  そんな寡黙で 勇気のある男達のために

  精魂こめて造らせていただきました」

 泣かせるメッセージではないか。これほどメッセージ性が強い酒は珍しい。しかし、蔵に行くか、通販でなければ手に入らないという。なんだか、もったいない話だ。冒頭の産経新聞の記事によると、蔵元さんは、この「刑事」を、難事件を抱えた警察署や捜査本部に差し入れており、これまで、青森のほか、千葉、京都、香川、島根などの捜査本部に送っている、という。